待つ空
タイトル未編集

老人ホームへ通うようになって1年も経てば、施設のお年寄りから顔を覚えて貰えるようになった。
土曜の朝、花壇を通り抜けて事務所のある建物へ向かう私に、決まって声を掛けてくれる人がいる。

「佐知子ちゃん、今日も偉いねぇ」

車椅子に乗った年配の女性は、いつも日傘を両手で握っている。
木陰に入り、麦わら帽子も被り、絶対に陽のあたる場所へはやって来ないのだ。

それに対し私が通るのはいつも、業者のトラックや原付きが行き来するアスファルト。
頭上からの太陽の熱気と、アスファルトからのぼって来る不快な熱気に、いつも苛々としていた。

「佐知子じゃねぇよ」

女性には聞こえないように小声で呟いて、私は彼女の前を素通りして行く。
歩きながら金色の髪を素早く(というか雑に)束ね、施設から支給されたサイズの大きすぎる麦わら帽子を被った。

建物の中に入ると、扉に風鈴を掛けていたらしく、リンリンと細く高い音が頭上で聞こえた。

五月蠅いな、と心の中で舌打ちをしながら、私は事務所にソッと顔を出した。

「草刈り機とゴミ袋、借りときます」

ボソッと言うと、入り口付近に座っていた顔なじみの女性職員から「お疲れ様」と声を掛けられる。

相変わらずの作り笑顔と指定通りの挨拶。

子ども相手にも気を遣っている彼女たちの態度が、ずっと、気に食わなかった。

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