読めない本と透明な虫
「ありがとう……」
大丈夫、と言いたかったが正直もう授業を受けられる状態ではなかった。昨晩泣き過ぎた影響か頭ががんがんと痛み、気分もとても鬱々としていて体もだるい。
「うん、保健室行ってちょっと横になってる。もしかしたらそのまま帰るかも」
「わかった、先生に言っとくね」
アキの優しい笑みに見送られ、私は鞄を肩に掛けて休み時間の教室を後にした。
私が教室を出るのとほとんど同時に授業開始のチャイムが鳴り響いた。急いで教室に戻る生徒達の流れに逆らって保健室への道のりを歩く。
閑散とした廊下は静かで空気が止まり、私の足音だけが響いていた。体育の授業中であろう生徒達の声が体育館のある方角から聞こえてきて胸が痛む。きっと私は、しばらく体育館には行けない。
『ごめん』
先輩はそう言った。
『佐倉のことは好きだよ。でも後輩としてなんだ。それに、俺』
それに、俺。
私は先輩の言葉を思い出して唇を噛んだ。
渡り廊下から見える体育館を、睨みつける。
それに、俺。
「"好きな人がいるんだ"……」
先輩の台詞をそのまま呟く。頬に一筋、涙が零れた。