読めない本と透明な虫



──ああもう、だめだ。

私は涙を手のひらで拭った。

保健室に行く気力すら失せた。今は誰にも会いたくない、話したくない。

渡り廊下を早歩きで通り抜けてすぐ右手に現れたとある部屋のドアを開く。そこは廊下よりもシン、としていて、わずかに暖かい空気が溜まっていた。私はずんずんと部屋を進み、一番奥の、一番日当たりの良い席に座った。背の高い本棚が目の前にあって、入り口からは完全に見えないこの席は、授業をサボるには打って付けだ。どこか埃っぽい雰囲気と本の存在感が心地良い。図書室。

授業中で誰もいないこの場所で思う存分失恋気分に浸ってやろうじゃないの。半ば自棄になった私は瞳を涙で潤ませながら勢い良く机にうつ伏せになろうとした。

しかしそれはとある違和感で阻まれた。

うつ伏せになろうと思った丁度その場所に、一冊の文庫本が置いてあったのだ。まるで忘れられたように、ぽつん、と。

何の気もなしにそれを手に取る。表紙には「透明」と書かれていた。目次を開いてみると、どうやらそれは短編集のようだった。私はそれが当然であるかのように、次のページを捲りその文字を辿っていた。


開け放たれたままの窓から風が遊びにやってくる。遠くで鳥の声、体育の授業中の生徒の声。午後の日差しは強さを増して、本に光を当ててくる。白く光る紙と、そこで踊る文字の羅列。さらさらと揺れる木々の声、ぺら、とページを捲る音。

それは、とても美しい恋愛短編小説だった。

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