読めない本と透明な虫
ひとつひとつのお話で違った恋の形。成就したりしなかったり。恋というだけでは表現し切れない乙女心の描写。儚くて愛しい、淡い物語。
美しい言葉の数々に私の指先は震え、頬は濡れた。
綺麗な綺麗な世界。事実はきっとこうじゃない。もっと汚くて、醜いはずだ。それでもここに居る物語たちは綺麗な部分だけをを見せることを選んだ。
指先が文字を辿る。とある一節をなぞり、往復し、私は口の中で転がすようにしてその一節を呟いた。
「"失恋も立派な恋の続き"……」
次の節を目で追う。
"愛しい人を想って流す涙は"
そこまで読んだところで、何の前触れもなく突然頭上から声が落ちてきた。
「──"愛しい人を想って流す涙は、何よりも辛くて何よりも愛しい。"」
心臓が飛び跳ねるのと同時に驚いて顔を上げる。涙を拭う余裕も無かった。
目の前に居たのは見覚えのない男子生徒。驚いた様子もなく、落ち着いた瞳で私を見下ろしている。
いつの間に入って来ていたのだろう。本を読むのに夢中でまったく気が付かなかった。未だ動揺して声が出ない私にはお構いなしで、彼はさも当然のように私の向かいの椅子に座った。そして気付く。その椅子の背もたれに革の鞄が掛けられていたことに。彼はきっと私がここに来る前までそこに座っていたのだ。