読めない本と透明な虫
「まだ読みますか?」
彼が静かに聞いた。手元にある別の文庫本の表紙を開きながら。
「えっ……」
「まだ読むならどうぞ。読み終わるまで待ってますから」
彼は本のページを捲りつつ、感情の読み取りにくい声で言った。私はそこでやっと正気を取り戻し、慌てて頬の涙を拭い「透明」の本を閉じた。
「これっ……、貴方の本だったんですか……」
「はい、まあ」
「勝手に読んでごめんなさい、か、返します」
すす、と控えめに本を差し出して頭を下げる。彼はそれを受け取って「どうも」と小さく返事をした。
ちらりと顔を上げてみると色素の薄い茶色の瞳と目が合った。彼は興味なさ気にすぐに目を伏せて読書に戻る。その目を囲む睫毛は長い。瞳と同じ色をした柔らかそうな髪の毛に、色白な肌。窓から差し込む光が反射して、彼はほとんど透き通って見えた。
(きれいな人)
同じ学校にこんな生徒が居たのか、と感心する。憂いを帯びた目でページを捲るその姿がとても絵になっていて、思わず見惚れてしまった。