キミ、カミ、ヒコーキ
「あっ、兄さん」
車の後部座席から顔を覗かせたのは紛れもない、俺の弟『翔(かける)』だ。
今年有名進学校の中等部に進学したらしい。普段笑わない母さんも頬にほんのりえくぼをつくり、親父は新しい机をプレゼントしていた。
ああ、走る事しか脳の無いひねくれ者の俺と違って、翔は“できた子”だった。
「あ、翔か」
俺はそれしか言えなかった。目線を下に反らしながら、その車のドアの向こう側を睨んだ。きっと俺がいちゃいけない世界なんだって事、ああ分かってる。
自慢の息子・翔と違って俺はボルトが外れ、錆び朽ちた不良品なんだから。
「翼さん……連絡が無かったから遅くなるものだと……その」
翔の背後に座っていた母さんは、眉を歪め口を濁しすぐに閉じた。
分かってる、ああ分かってる。
あんた達が今から向かうレストランやらなんやらに、“俺の席”なんて鼻っから無い。ナイフもフォークも茶碗もコップもいつだって三人分。
「飯、食ってきたから」
俺はそれだけ言うと、荒々しく玄関の門を閉じた。
そして今日もまた、親父と目を合わす事なく俺は眠りに就いた。