キミ、カミ、ヒコーキ

☆8

【NOBUKO】

「ただいまぁ」


『つくし荘』と書かれた板を過ぎ、奥から二番目のドアを力無く開けた。

部屋の中からは、味噌汁の香りと線香の匂いがそれぞれ自己主張をしている。台所で包丁がタントンタントン気ままにまな板の上で跳ねている。

「あら、おかえりのんちゃん」

それは見慣れた光景だった。振り向いてエプロンの裾で手を払いあたしに声をかけたのは、お父さんでもお母さんでもない。


今年75歳を迎えるあたしのおばあちゃん。

まな板の上ではきゅうりの輪切りが綺麗に整列していた。


「ばあちゃん、あたしやるよ。ばあちゃんは座ってなって」

「いいよいいよ。ばあちゃん今日はね、機嫌がいいんだ。ほら、あの角の八百屋さんのね、あーれ、名前はなんて言ったかしら。えー……」

「ヤマト青果」

「そうそう、ヤマトさんヤマトさん。あそこの息子さんがねぇ、ほらこれ」

ばあちゃんが嬉しそうに見せてくれたのは、赤く鮮やかに染まる可愛い林檎だった。

全部で……3個。


「ふふっ。裕子も喜ぶよ」




おばあちゃんが林檎以上に嬉しそうに呼ぶ『裕子』という女は、あたしがこの世で一番嫌いな奴でもあった。
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