愛しい太陽
「それにハレムとか…基本的に多情な民族なんだと思ってたから」
「そ、その認識は…改めてもらえるとありがたいがな」
陽菜からは見えないところで、アズィールが眉間に皺を寄せた。自身が王になった暁には、陽菜曰く【多情】なそれから変えてやろうかとも考えた。まだ二人には互いの知識面に相違があるらしい。
「インド周辺国やアフリカ・アラブ系国家は多情仏心な男か、妻の数で豊富な財を主張したがる見栄っ張りが多いって思ってた」
「…そう言う輩もいるだろうが…俺はそんなつもりはない」
陽菜の認識は間違いなくアズィールにも適用されている。つまり、陽菜のアズィールに対する評価には、明らかに【多情】なる不名誉なものが含まれている事がわかって、無意識のうちに地が出ていた。
「俺のハレムにいる女、確かに一度関わりを持った。だがそれきりだ。二度と抱く事がなくてもよければ、入りたいなら入れてやる。生活の保証はあるが、俺の寵愛はない。入らない女には平民なら一生分に相当する金だ」
「……え?」
「もう二度と必要はないが、俺が抱く女たちにさせる決まりがある。部屋に入る前に媚薬入りの茶を飲ませておき、潤った頃に俺が部屋に入る。事前に脱衣はさせておいて、すぐに背後から事に及ぶ。中には出してやらん。所要時間は長くても精々三十分だ。その後は侍女に命じてすぐに湯浴みをさせる。残滓も残さず洗わせる。俺は別にまた湯浴みだ」
「…女嫌いなの?」
「どれだけ美しいと噂の女も、真正面からは萎えた。俺自身、男色を疑いもしたが、ノーマルである事はわかっている」
「大変、なんだ…」
「他人事か、ヒナ?」
これだけぶちまけても、陽菜がどれだけアズィールにとって【特別】であるかが理解されていないような気がして、その声色が低くなる。
「え?あ…何か、苦労して来たんだなぁって」
同情されているのだと察して、アズィールはふいに頭痛がしているような錯覚をおこす。だがいっそここまでぶちまけたなら、全て暴露してやろうかと、半ば自棄を起こしてもいた。
「…初めてお前を見たのは初来日の晩餐会ではない。幾つか株主をやっている企業はあるが、S&Jはお前を見掛けてから株を買い足したんだ」
「…え?」
「副社長に付いてアメリカに出張した事があるはずだ」
「あ…去年の…冬に一度だけ」
「ホテルの晩餐会…偶然俺は他社の晩餐会に招かれて、同じホテルにいた。ホールの外で副社長と共に自己紹介しているのを聞いた。S&Jの副社長秘書…ならば経営権を手に入れれば、お前を…手中にする機会を得られると思った」
「…そんな理由で…株の買い足し?」
「俺にはそれしかなかった…あの時点での持ち株では出資元にはなれても、経営権はない。筆頭経営権がなければ意味がない。買い足した株で、ヒナに会う為の見合い券を買ったのだと考えても、これ程の幸運が世にあるはずがない」
「…見合い券…」
その表現に陽菜は絶句。
「その機会にさえ恵まれれば、逃がしはしないと…あの頃なら自信に溢れていたんだが…」
「………?」
アズィールが苦い気分を誤魔化すように、陽菜にキスをした。
「自信、ないの?アズィールが?」
「お前は俺を何だと思ってるんだ」
「唯我独尊、融通無碍、傲慢、不遜…あと…」
「…もういい」
「手口の早さの割に優柔不断」
「…お前の意志を尊重してやっているんだ」
「そこが傲慢」
「お前って奴は……そこまで俺の妻になるのが嫌なのか!?」
何故か言い負かされてしまうアズィールは、腕には収まる癖に思い通りにならない陽菜に苛立ちをぶつけてしまう。躯は許しても心は明け渡さないつもりか。
「…嫌なんて、一度も言ってない」
「………な…!?」
「向いてないし、相応しくない。でもアズィール個人は好き」
「………」
予想し得ない陽菜の言葉は、毎回アズィールを思考をストップさせる。
「何か…いろいろなければ奥さんになってもいいかなって…思うくらいには」
「………」
陽菜が絡む件には、珍しく下手に出てしまうからだろうか。強引に事を進めたり言ったりする割に、陽菜を気遣ってしまう。惚れた弱みと言う以外にない状態だ。
「アズィール…?」
言うべき言葉も紡げない程に、アズィールは混乱している。自身に対して好きだと言われた事はない。香りや香木に対してだけだった。
「…出るぞ」
漸くそれだけ言って浴槽を出ると、陽菜を柔らかい大判のタオルで包み、寝台に戻る。寝乱れていた寝台は、すでに整えられていた。
「アズィール?」
そのまま寝台に降ろされた陽菜は、難しい顔をしてバスローブを身に付けるアズィールを見上げていた。何か…知らぬうちに不味い事を言っただろうか?無意識のうちに、陽菜は謝罪を口にしていた。
「ごめん、なさい」
「…今更…なかった事にはしてやらない」
「っ……ごめ…、…っ」
「い、いや…ヒナ…お前が悪いわけではない」
もうアズィールもいっぱいいっぱいで、処理許容を超えていた。陽菜が絡むとこれだから困る。だが陽菜でなければ駄目なのだ。
これからこんな事が続くのかと、先が思いやられても、それは陽菜がいてこその自らが熱望し続けた未来だ。陽菜の前に跪く。敵わないと、万感の想いと共に――。
「そ、その認識は…改めてもらえるとありがたいがな」
陽菜からは見えないところで、アズィールが眉間に皺を寄せた。自身が王になった暁には、陽菜曰く【多情】なそれから変えてやろうかとも考えた。まだ二人には互いの知識面に相違があるらしい。
「インド周辺国やアフリカ・アラブ系国家は多情仏心な男か、妻の数で豊富な財を主張したがる見栄っ張りが多いって思ってた」
「…そう言う輩もいるだろうが…俺はそんなつもりはない」
陽菜の認識は間違いなくアズィールにも適用されている。つまり、陽菜のアズィールに対する評価には、明らかに【多情】なる不名誉なものが含まれている事がわかって、無意識のうちに地が出ていた。
「俺のハレムにいる女、確かに一度関わりを持った。だがそれきりだ。二度と抱く事がなくてもよければ、入りたいなら入れてやる。生活の保証はあるが、俺の寵愛はない。入らない女には平民なら一生分に相当する金だ」
「……え?」
「もう二度と必要はないが、俺が抱く女たちにさせる決まりがある。部屋に入る前に媚薬入りの茶を飲ませておき、潤った頃に俺が部屋に入る。事前に脱衣はさせておいて、すぐに背後から事に及ぶ。中には出してやらん。所要時間は長くても精々三十分だ。その後は侍女に命じてすぐに湯浴みをさせる。残滓も残さず洗わせる。俺は別にまた湯浴みだ」
「…女嫌いなの?」
「どれだけ美しいと噂の女も、真正面からは萎えた。俺自身、男色を疑いもしたが、ノーマルである事はわかっている」
「大変、なんだ…」
「他人事か、ヒナ?」
これだけぶちまけても、陽菜がどれだけアズィールにとって【特別】であるかが理解されていないような気がして、その声色が低くなる。
「え?あ…何か、苦労して来たんだなぁって」
同情されているのだと察して、アズィールはふいに頭痛がしているような錯覚をおこす。だがいっそここまでぶちまけたなら、全て暴露してやろうかと、半ば自棄を起こしてもいた。
「…初めてお前を見たのは初来日の晩餐会ではない。幾つか株主をやっている企業はあるが、S&Jはお前を見掛けてから株を買い足したんだ」
「…え?」
「副社長に付いてアメリカに出張した事があるはずだ」
「あ…去年の…冬に一度だけ」
「ホテルの晩餐会…偶然俺は他社の晩餐会に招かれて、同じホテルにいた。ホールの外で副社長と共に自己紹介しているのを聞いた。S&Jの副社長秘書…ならば経営権を手に入れれば、お前を…手中にする機会を得られると思った」
「…そんな理由で…株の買い足し?」
「俺にはそれしかなかった…あの時点での持ち株では出資元にはなれても、経営権はない。筆頭経営権がなければ意味がない。買い足した株で、ヒナに会う為の見合い券を買ったのだと考えても、これ程の幸運が世にあるはずがない」
「…見合い券…」
その表現に陽菜は絶句。
「その機会にさえ恵まれれば、逃がしはしないと…あの頃なら自信に溢れていたんだが…」
「………?」
アズィールが苦い気分を誤魔化すように、陽菜にキスをした。
「自信、ないの?アズィールが?」
「お前は俺を何だと思ってるんだ」
「唯我独尊、融通無碍、傲慢、不遜…あと…」
「…もういい」
「手口の早さの割に優柔不断」
「…お前の意志を尊重してやっているんだ」
「そこが傲慢」
「お前って奴は……そこまで俺の妻になるのが嫌なのか!?」
何故か言い負かされてしまうアズィールは、腕には収まる癖に思い通りにならない陽菜に苛立ちをぶつけてしまう。躯は許しても心は明け渡さないつもりか。
「…嫌なんて、一度も言ってない」
「………な…!?」
「向いてないし、相応しくない。でもアズィール個人は好き」
「………」
予想し得ない陽菜の言葉は、毎回アズィールを思考をストップさせる。
「何か…いろいろなければ奥さんになってもいいかなって…思うくらいには」
「………」
陽菜が絡む件には、珍しく下手に出てしまうからだろうか。強引に事を進めたり言ったりする割に、陽菜を気遣ってしまう。惚れた弱みと言う以外にない状態だ。
「アズィール…?」
言うべき言葉も紡げない程に、アズィールは混乱している。自身に対して好きだと言われた事はない。香りや香木に対してだけだった。
「…出るぞ」
漸くそれだけ言って浴槽を出ると、陽菜を柔らかい大判のタオルで包み、寝台に戻る。寝乱れていた寝台は、すでに整えられていた。
「アズィール?」
そのまま寝台に降ろされた陽菜は、難しい顔をしてバスローブを身に付けるアズィールを見上げていた。何か…知らぬうちに不味い事を言っただろうか?無意識のうちに、陽菜は謝罪を口にしていた。
「ごめん、なさい」
「…今更…なかった事にはしてやらない」
「っ……ごめ…、…っ」
「い、いや…ヒナ…お前が悪いわけではない」
もうアズィールもいっぱいいっぱいで、処理許容を超えていた。陽菜が絡むとこれだから困る。だが陽菜でなければ駄目なのだ。
これからこんな事が続くのかと、先が思いやられても、それは陽菜がいてこその自らが熱望し続けた未来だ。陽菜の前に跪く。敵わないと、万感の想いと共に――。