愛しい太陽
迎えが来るだろう時間を逆算し、適当に切り上げてシャワーを浴びた。光沢のある紺色のワンピースとショールに着替え、化粧をしてバッグには最低限の貴重品を詰めたところで、タイミングよくインターホンが鳴る。玄関にはアリーがいた。
『殿下がお車でお待ちです』
エントランスから少し離れたところに、場違いな黒塗りの高級車が停まっていた。リムジンでなくてよかったと安堵したのも束の間、視界では車からアズィールが降りて陽菜を待っていた。気を引き締めて歩き出そうとしたが、思いもよらないところから呼ぶ声がする。
「陽菜!」
エントランスの隅から出てきたのは、午前中に別れたはずの男。
「やっぱりその男とデキてたんだろ!」
「…関係ないでしょ」
「俺は別れない!」
「元々付き合ってたわけじゃないわ」
『ミズミシマ?』
『気にしないで下さい、行きましょう』
「陽菜!」
気遣わしげなアリーを促したが、男は陽菜の腕を力任せに掴んだ。
「っ」
「許さない!」
「許してもらうような事なんてな…っ」
捻り上げられて、関節が軋んで呻いた。その痛みが消えたかと思えば、陽菜は嗅ぎ慣れない匂いに包まれた。
『感心しないな…力任せに女性を扱うとは』
「っ、離せ!…痛っ!」
いつの間にかそこまで来ていたアズィールが陽菜を腕の中に庇い、逆に男の腕を捻り上げていた。
『彼女とどんな関係があるかは知らないが、どうあれその行いは許されるものではない』
「は、なせ!」
腕を振り払って距離を取ると、男はアズィールにきつく睨みつけられた。
「陽菜!コイツ…一体何なんだよ!」
「…某国の王太子殿下よ…次期国王様」
「…こ、国王!?」
「護衛も見えないところからこっちを見張ってるわ…アンタ、目付けられたわね」
「っ!?」
「下手な事すると…知らないわよ」
『大丈夫か?』
アズィールが掴まれていた腕を気遣わしげに取り、ショールをそっと捲り上げて目を向けると、しっかり手の痕が残っていた。
『お気遣いありがとうございます、平気です』
『莫迦な事を言うんじゃない、痕が残ったら事だ…アリー、レストランをキャンセルしてホテルに戻る。医者を手配してくれ』
『御意に』
『殿下、そんな大袈裟ですから…』
『本来なら…これは暴行だ。私としては警察に突き出してやりたいくらいだがね』
陽菜を車に促し、後部座席に乗り込ませると、自身は逆から乗り込んだ。アリーがドアを閉めて助手席に乗り込むと、高級車は静かにその場を走り去った。
『色が白いから目立つな…こんな事を…何て男なんだ』
珍しく憤りを感じさせる台詞…それにさっきは男を睨み付けてもいた。立場上近寄り難いオーラを纏ってはいるが、口調や声色は穏やかなアズィールだ。気遣うように陽菜の腕を撫でる手つきは、至極優しいもの。
『あれが…恋人か?』
『いえ…』
後部座席は仕切られているので密室になる。社長室も密室ではあるが、この狭さに二人きりになったのは初めてだ。
『君を危険に晒すような男と、一体何の関係があるんだ』
『…ただの…知り合いです』
『そうは見えなかった。正直に言いなさい。恋人か、または恋人だった、なのか』
口調が厳しさを帯びる。仕事以外の話をここまで追及された事がなかったせいか、酷く緊張した。
『恋人だった事は一度もありません』
『では何だ』
『…言いたく、ありません』
『言いなさい。答えるまで許さない』
追及を止めるつもりがないようで、陽菜は諦めるしかなかった。
『…躯だけ、です』
『っ…恋人にされなかったのか!?そんな扱いを…』
『合意の上です』
『まさか!?あの男に脅されているわけでは…』
『違います。私も納得の上での事ですから』
驚愕の告白に、アズィールは陽菜が無理を強いられている可能性を探し続けていた。
『互いに…躯だけ求めた関係でした』
『…何故…君が…』
信じられないと、その目が訴えた。
『私は…殿下が思ってらっしゃるような、優秀な人間ではありません。私生活は乱れ切っているんですから』
シニカルな笑みは、どこか諦めたように見える。
『汚い、でしょう?』
必死に陽菜を慰める言葉を探すが、こんな時に限って適したものが見つからない。
『本当なら…殿下の秘書を務めるには私不適なんです』
『君はきちんと仕事をこなしてくれている…私生活は…本来なら私の与り知らぬ事だ』
『一人や二人じゃありませんよ』
『な…!?』
『気分で行きずりの相手と寝たりもしました。数なんてもう覚えていません』
ちょうどホテルに到着した車。アリーがまずアズィール側のドアを開ける。それから陽菜の側を開ければ、一人で車から降りた陽菜は、目についたタクシー乗り場に足を向けた。
『来なさい』
しかしアズィールの腕に阻まれ、腰を抱かれてホテルへ連れ込まれた。更に周囲は護衛に囲まれて、どう足掻いても逃げられそうもない。
『離して下さいっ』
『黙ってこのまま付いて来るんだ』
抵抗したが、きつく言い捨てられ、俯いて唇を噛んだ。アズィールの宿泊するロイヤルスイートは、ドアの前にも物々しい護衛が立っている。そのままリビングのソファに座らされると、見計らったように医者らしきが現れた。
まるで高貴な身分を相手にするように、跪いて一礼してから陽菜の腕に湿布と包帯を巻き、また一礼して立ち去った。
「このままなら痕は残らないそうです。三日もすれば引くだろうと」
「わかった。アリー、暫く外してくれ」
「畏まりました」
アリーにアラビア語で人払いをさせる。二人きりになると、ゆっくり陽菜に向き直る。
『…帰らせて下さい。私みたいな女がいていい場所じゃありません』
『それは許可出来ない』
『今夜は…殿下が私のお相手をして下さるって事ですか?』
『そう言う言い方をやめなさい』
『でしたら帰ります。手当…ありがとうございました』
立ち上がった陽菜だが、アズィールは肩を押さえ付けてまた座らせた。
『…君が望むなら抱いてやる』
『っ…』
『だが私は君が思うような男ではない…覚悟するんだな』
言うが早いか、想像も付かない程の強引さで、奥にある主寝室に引き込まれた――。
『殿下がお車でお待ちです』
エントランスから少し離れたところに、場違いな黒塗りの高級車が停まっていた。リムジンでなくてよかったと安堵したのも束の間、視界では車からアズィールが降りて陽菜を待っていた。気を引き締めて歩き出そうとしたが、思いもよらないところから呼ぶ声がする。
「陽菜!」
エントランスの隅から出てきたのは、午前中に別れたはずの男。
「やっぱりその男とデキてたんだろ!」
「…関係ないでしょ」
「俺は別れない!」
「元々付き合ってたわけじゃないわ」
『ミズミシマ?』
『気にしないで下さい、行きましょう』
「陽菜!」
気遣わしげなアリーを促したが、男は陽菜の腕を力任せに掴んだ。
「っ」
「許さない!」
「許してもらうような事なんてな…っ」
捻り上げられて、関節が軋んで呻いた。その痛みが消えたかと思えば、陽菜は嗅ぎ慣れない匂いに包まれた。
『感心しないな…力任せに女性を扱うとは』
「っ、離せ!…痛っ!」
いつの間にかそこまで来ていたアズィールが陽菜を腕の中に庇い、逆に男の腕を捻り上げていた。
『彼女とどんな関係があるかは知らないが、どうあれその行いは許されるものではない』
「は、なせ!」
腕を振り払って距離を取ると、男はアズィールにきつく睨みつけられた。
「陽菜!コイツ…一体何なんだよ!」
「…某国の王太子殿下よ…次期国王様」
「…こ、国王!?」
「護衛も見えないところからこっちを見張ってるわ…アンタ、目付けられたわね」
「っ!?」
「下手な事すると…知らないわよ」
『大丈夫か?』
アズィールが掴まれていた腕を気遣わしげに取り、ショールをそっと捲り上げて目を向けると、しっかり手の痕が残っていた。
『お気遣いありがとうございます、平気です』
『莫迦な事を言うんじゃない、痕が残ったら事だ…アリー、レストランをキャンセルしてホテルに戻る。医者を手配してくれ』
『御意に』
『殿下、そんな大袈裟ですから…』
『本来なら…これは暴行だ。私としては警察に突き出してやりたいくらいだがね』
陽菜を車に促し、後部座席に乗り込ませると、自身は逆から乗り込んだ。アリーがドアを閉めて助手席に乗り込むと、高級車は静かにその場を走り去った。
『色が白いから目立つな…こんな事を…何て男なんだ』
珍しく憤りを感じさせる台詞…それにさっきは男を睨み付けてもいた。立場上近寄り難いオーラを纏ってはいるが、口調や声色は穏やかなアズィールだ。気遣うように陽菜の腕を撫でる手つきは、至極優しいもの。
『あれが…恋人か?』
『いえ…』
後部座席は仕切られているので密室になる。社長室も密室ではあるが、この狭さに二人きりになったのは初めてだ。
『君を危険に晒すような男と、一体何の関係があるんだ』
『…ただの…知り合いです』
『そうは見えなかった。正直に言いなさい。恋人か、または恋人だった、なのか』
口調が厳しさを帯びる。仕事以外の話をここまで追及された事がなかったせいか、酷く緊張した。
『恋人だった事は一度もありません』
『では何だ』
『…言いたく、ありません』
『言いなさい。答えるまで許さない』
追及を止めるつもりがないようで、陽菜は諦めるしかなかった。
『…躯だけ、です』
『っ…恋人にされなかったのか!?そんな扱いを…』
『合意の上です』
『まさか!?あの男に脅されているわけでは…』
『違います。私も納得の上での事ですから』
驚愕の告白に、アズィールは陽菜が無理を強いられている可能性を探し続けていた。
『互いに…躯だけ求めた関係でした』
『…何故…君が…』
信じられないと、その目が訴えた。
『私は…殿下が思ってらっしゃるような、優秀な人間ではありません。私生活は乱れ切っているんですから』
シニカルな笑みは、どこか諦めたように見える。
『汚い、でしょう?』
必死に陽菜を慰める言葉を探すが、こんな時に限って適したものが見つからない。
『本当なら…殿下の秘書を務めるには私不適なんです』
『君はきちんと仕事をこなしてくれている…私生活は…本来なら私の与り知らぬ事だ』
『一人や二人じゃありませんよ』
『な…!?』
『気分で行きずりの相手と寝たりもしました。数なんてもう覚えていません』
ちょうどホテルに到着した車。アリーがまずアズィール側のドアを開ける。それから陽菜の側を開ければ、一人で車から降りた陽菜は、目についたタクシー乗り場に足を向けた。
『来なさい』
しかしアズィールの腕に阻まれ、腰を抱かれてホテルへ連れ込まれた。更に周囲は護衛に囲まれて、どう足掻いても逃げられそうもない。
『離して下さいっ』
『黙ってこのまま付いて来るんだ』
抵抗したが、きつく言い捨てられ、俯いて唇を噛んだ。アズィールの宿泊するロイヤルスイートは、ドアの前にも物々しい護衛が立っている。そのままリビングのソファに座らされると、見計らったように医者らしきが現れた。
まるで高貴な身分を相手にするように、跪いて一礼してから陽菜の腕に湿布と包帯を巻き、また一礼して立ち去った。
「このままなら痕は残らないそうです。三日もすれば引くだろうと」
「わかった。アリー、暫く外してくれ」
「畏まりました」
アリーにアラビア語で人払いをさせる。二人きりになると、ゆっくり陽菜に向き直る。
『…帰らせて下さい。私みたいな女がいていい場所じゃありません』
『それは許可出来ない』
『今夜は…殿下が私のお相手をして下さるって事ですか?』
『そう言う言い方をやめなさい』
『でしたら帰ります。手当…ありがとうございました』
立ち上がった陽菜だが、アズィールは肩を押さえ付けてまた座らせた。
『…君が望むなら抱いてやる』
『っ…』
『だが私は君が思うような男ではない…覚悟するんだな』
言うが早いか、想像も付かない程の強引さで、奥にある主寝室に引き込まれた――。