愛しい太陽
ぴしゃりと言い捨てる陽菜に、周囲は唖然。アズィールが陽菜に執心しているのは見てわかるが、陽菜の王太子に対する無礼とも取れる発言を、諌めるはずの侍従アリーが静観している。アズィール本人も気を悪くした風もなく、彼らから見れば珍しく穏やかにしている。寧ろ嬉しそうだ。

『仕事して下さい、仕事を。私はその為に呼ばれたんですし。仕事しないなら美月に会いに行きます』
『生憎、今はサイードとの蜜月でね。王ですら会えないんだ』
『いつまでですか』
『婚儀の式典の朝までだから…アリーいつだったかな?』
『三日か四日後、だったかと』
『そんなに!?』

アズィールを突き飛ばすのだが、大して距離は取れない。

『そう言うわけだ。さぁヒナ、私たちも蜜月を過ごそう』
『はぁ!?関係ないじゃない!』
『…香水はやめたようだね…ちょうどヒナの為に調香させた香油が出来たんだよ』

腰を引き寄せて別室へ移る。そこにも新しい印があった。

『ヒナ…始めから君も一緒に連れてこればよかったと後悔したよ』

入った途端に抱き締められて、アズィールの香りが強くなる。

『支社が出来るまではシャーラムに用はありませんから』
『ヒナはドライだな』
『普通です』
『ほんの暫く我慢すれば会えるのはわかっていたが…逸る気持ちが抑えられなかった』
『こちらに戻ると暇なんですね』
『ヒナとの蜜月の為に終わらせたんだ』

頬を撫でて、愛しげに額にキスする。

『さぁヒナ、これが君の為の香だ』

差し出された小瓶にはアズィールの印がある。シンプルな小瓶を手に取り、蓋を開けてみる。

『私の香りをベースにさせ、爽やかな柑橘を加えた』

嗅ぎ慣れないが、アズィールの香りを感じた。不思議とどんな香水よりも好ましいものだった。

『こんな…専用の香りは王族だけの事なんじゃないんですか?』
『私のヒナ、だからね。そうでなければ作らせはしない』

指先にごく少量の香油を取り、ヒナの耳の後ろに丁寧に塗り込める。まるで愛撫するかのように。

『やはり…よく似合っている。ヒナにはこの香りがいい』

腕に包んで香りを確かめる。

『おいで、ヒナ…確認させてくれないか?君が他の男に触れられていないかどうか…』
『最後に会ってからまだ時間…』
『確かめたいんだ。私のヒナの全てをね』

誘われたのは何人寝るのかと思える程のベッドだ。花弁がふんだんに散らされたベッドカバーをめくり、陽菜を座らせる。

『ヒナ…ここへ来たからには私からは逃がさない。私のヒナ…もう誰にも触れさせはしない』
スーツを脱がせ、柔肌に触れた。一日余り見ていなかっただけで、陽菜が恋しくてならなかった。
『これからは私にだけ愛されていればいい。私の傍らで、私の全てを理解して受け止めてくれ』

アズィールの熱情は、陽菜が知る誰のものよりも激しい。送られる視線も交わす熱も、その言葉一つ一つもだ。溢れんばかりに注がれる熱も、丁寧で執拗な愛撫も陽菜にだけだ。抵抗もせずに素直にアズィールを受け入れる陽菜だが、アズィールには気になって仕方のない事があった。
【キスはしないで】――唇へのキスを拒む陽菜…何故なのか。

『ヒナ、口付けをさせてくれ』
『だ、駄目!』
『何故?ヒナの全てを愛したい』
『駄目なの!』
『理由を知りたい。でなければ強引にでもする』
頤を押さえられ、見下ろされると鼻先が触れた。
『っ…無理、矢理…口の中…』

拙い言葉が漸く告げたのは、トラウマの一部だ。口腔に捩込まれた…だからキスは出来ない、と。
アズィールは構わず唇を重ね、口腔に舌を滑り込ませた。

『っ!?』

陽菜が初めて胸を叩いて激しく抵抗したが、構いもせずに奪い続けた。

『嫌って言ったでしょ!どうして…っ』
『私はヒナの全てを手に入れたい。躯も心も…ヒナに私の愛し方を刻んでいく』
『だからって…』
『だからだよ。私がヒナを愛するように、ヒナにも愛されたいんだ』
『っ…何を莫迦な…』
『私は本気だよ、ヒナ。サイードたちのハネムーンが終わり次第、私は君を妻に迎える』

衝撃的なそれに、陽菜は絶句した。美月のように王族の妻に…しかも陽菜の相手は次期国王の王太子だ。

『嫌』
『ヒナ』
『絶対に嫌!ハレムになんて…』
『ヒナは入れない。美月のようにヒナは私と暮らすんだよ。日本では夫婦は同じ家に暮らす、一夫一妻なんだろう?』
『…日本では法で決められているのよ』
『だからそれに倣うんだよ。こちらでは四人まで許可されているが、ヒナはその理由を知っているかい?』

アズィールは陽菜をあやしながら、そう問うた。

『…未亡人保護?』
『諸説あるがね、それが一番有力だろう。戦争で夫を失った女性を守る為に続く事だ。だが今は戦争もない。王太子だからと妻を増やす必要はない。世継ぎが生まれないならば考えるべきかもしれんが、サイードがいて美月もいる…王もまだまだ健勝だ。私に世継ぎが出来なくても、問題はない』

だから一人でいいのだとアズィールは言う。

『こちらの文化のそんな事まで知っていてくれたのかい、ヒナ?』
『秘書だから』
『…そこで愛しているからとは、言ってくれないんだな』
『っ…私は秘書として来たんだから、こんな事にかまけているわけにはいかないの』
『美月は秘書として訪国しているんだが?』
『っ…』
『職務怠慢で懲罰ものだな』
『美月はいいの!』
『それならヒナも、それでいいんだ。君は私の妻となる…それまでに私を愛してもらいたい』
『…無理に決まって…』
『いや、ヒナは必ず私を愛するようになる。そうさせてみせる』
『…傲慢』

普段の穏やかな口調が驚く程に不遜に響く。

『私をこんな男にしたのは君だ、ヒナ…しっかり責任を取ってもらわねばな』

それから二日――二人は姿を見せなかった――――。
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