後追い心中 完
…気付けば、もう駅に着いていた。
のろのろと重たい腰を上げ、電車を出る。あまり発展していない田舎の駅。
ぽつねんと寂しげに古臭いベンチが置かれているだけのそこ。ベンチに座って、初めて彼のことを認識した日のことを思い出して目を閉じた。
まだクラスメイトに誰がいるかすら把握していなかった4月の初め。慣れない制服を身にまとい、上と下でくっつきそうな重い瞼を擦りながらこのホームに降りた。
早起きに慣れていないせいでふらつく足取りで歩いていると、肩をトントンと優しく叩かれたのだ。
寝不足故の不機嫌さで振り向けば、そこにいたのは、柔らかい春の日差しみたいな人。困ったように軽く眉をハの字にして、首を軽く傾げながら口元を綻ばせていた。
目が合うとどうしても逸らせなくなって、心臓が早鐘のように速いリズムを刻む。
「定期、落としたよ」
その言葉の響きすらどこか優しかった。喉が張り付くように乾いて声が出ない。そのときにはもうどうしようもないほど彼に惹かれていた。
定期を受け取るときにたまたま触れた指先は火傷をしたときのように熱くて、そしてどこか甘さを潜ませる痛みが走る。見える景色はまるで花が咲いたかのように鮮やかに、華やかに色づいた。
…きっと彼からしたら何て事ない日常のワンシーン。ほんの小さな親切。けれどそんな蓮田くんは、わたしには誰よりも輝いて見えた。
生きてきた中で一番幸せな想い出に浸り切ると、小さな笑みすら漏れた。その僅かな高揚感に身を任せてそっと目を開ければ、――色を失った灰色の景色に一気に現実に引き戻される。
そうだった、彼はもう、いないんだった。気付いた瞬間脱力する。
意味もなく視線を上に向けると、意識せずに涙が一筋二筋ととめどなく流れた。嗚咽すら漏れることはなかった。涙だけが溢れて止まらない。
蓮田くん、蓮田くん、蓮田くん。
離れていてもわたしのあなたへの想いは消えなかったのに、
どうしてあなた自身はこの世から消えてしまったのですか。