劣り火
コーヒーへ伸ばしかけた手を止めて携帯電話を引き寄せる。

『封鬼対策本部』の表示と電話番号が画面に映し出されている。


「おはようございます。封鬼対策本部事務局でございますが、火産(ほむすび)様の携帯電話でお間違いございませんか?」


通話ボタンを押して無言で電話に出ると、相手は一方的に話し出した。
丁寧に柔らかく電話口の女性は切り出す。


「はい」


その電話が何を意味しているのか、静禍には予想できていた。必然、声の調子は冷たくなる。


「本部より火産様への出動要請が来ております。本日朝10時、本部までお願い致します」



電話の向こうの女性はそれに気がつくことなく、優しいけれど至って事務的に続ける。
今、テレビの中で警戒地区の地名を読み上げ終わり、会釈をしたアナウンサーのように。


用件を伝えると女性は静禍の返事を待たずに「失礼致します」と丁寧に電話を切った。
こちらの返答の必要は無い。つまりは『伺い』ではなく『命令』ということだ。

静禍は携帯電話をベッドの上に放り、冷めはじめている飲みかけのコーヒーを一気に飲み干した。
苦味が体に巡り、まだ完全に起き切らない頭に刺激を与える。
深呼吸のような溜め息を一つつくと立ち上がり、身支度を始めた。


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