二重人格三重唱
 みんながどいた後、二人で下りてみた。
大人なら何とかなりそうな距離。
でも子供にはきついかも知れない。
色々な場面を想定して安全な灯籠流しにする。
そのためには安全か否かを確認すること。
その上で対処することがいかに大事なのかを二人は目の当たりに見て感激していた。


その時。
星川に西日があたり準備中の人々を染め上げた。


灯籠流しは七時より始まるらしかった。


「どうしよう。早く帰るってさっき電話しちゃった」
陽子がションボリする。


「しょうがないから、一番に流させてもらおうか?」
翼が提案する。
陽子は頷いた。


去年までは市の開催だった灯籠流し。
今年は地元の方々が奮闘することにしたと言う。

そのために嬉しいこと。
代金を戴いていた灯籠を無料にした。


その灯籠がダンボールで運ばれて来た。

二人はそっと中身を見てみた。




 戦火の乙女の像の前に置かれた蝋燭台と線香立て。
二人は線香をあげてから合掌した。
地元の人々が次々とやってくる。


反対側の広場では、苺のパッケージのようなプラケースに入った灯籠が並べられ始めていた。
二人は先頭に並んで、開始の七時を待っていた。
渡された灯籠の蝋燭に火を付ける。
ゆらゆらと炎が揺れる。

スロープのさきにある灯籠流し用の飛び石。
此処より星川の流れに灯籠を置く。
ゆらめく炎が勝に届くことを願いながら、二人は反対側の出口に向かいこの灯籠を追った。


二人はそのまま熊谷駅に向かった。

駅前では幾重にも積み上げられた提灯に火が入って二人を待っていた。
でも眺めている余裕はなかった。
二人は直ぐに秩父鉄道の駅に向かった。


乗り込んだ電車で二人は名残惜しそうに車窓を見つめて祈りを捧げた。
上熊谷駅までのホンの数分間。
星川が流れている。
終戦前日。
百名もの命を飲み込んだ星川は、多くの光に包まれて祈りの夜を迎えようとしていた。


< 101 / 147 >

この作品をシェア

pagetop