二重人格三重唱
 愛する薫を奪った香への腹癒せだった。
それが睡眠薬強姦事件の真相だったのだ。


薫が殺されてから、どんなに愛していたかに気付く。
愚かな自分に気付く。
もがき苦しめば苦しむ程、香の存在が嫉ましくなる。

孝は又眠れない日々の中にいた。
ノイローゼになりながら、克服方法を必死に探す。


そして、あの主婦達の戯言と出会ったのだった。




 陽子を初めて見た時、孝に衝撃が走った。

電車の中で遭った純情な薫そのものだった。


自分を痴漢だと間違えた薫と再会した時の喜び。
受験勉強中、何度も愛に狂った。
それに耐えたからこそ、電車で再会した香を薫だと思い込み凝視したのだった。


そして香に堕ちた。
薫だと信じたままで。




 その時又、無抵抗な香が脳裏をかすめる。
気付かれなければ良い。

悪魔が孝に囁く。


香同様。
誰かのモノになる前に奪いたかったのだ。
それが敵わない今……
それでも孝は陽子をモノにしたかったのだ。



だからコーヒーに睡眠薬を入れたのだった。
コーヒーリキュールも一緒に。

コーヒーの味を変えずに、アルコールを足す。
それが孝が編み出した爆睡させるコツだったのだ。




 だから孝は、カフェのパティシエの目を盗んで土台に大量の睡眠薬を加えたのだった。


生クリームに入れたら、仕上がり具合いをみる為の味見があるからだった。


其処まで用意周到孝。
息子の嫁となった陽子を常に狙って考えた末の行動だったのだ。


でも、ハプニングが起こった。

睡眠薬入り洋酒ケーキで無抵抗の陽子を寝室に運んでベッドの上に寝かせた時、玄関のチャイムが鳴った。
孝はその人物を確認することが出来なかったのだ。
映像の出るタイプだと思い出したからだった。


(もし翼だったら?)

そんな思いに苛まれ、陽子を眺めていることしか出来なかったのだ。

結局孝は何も出来ずに堀内家を後にしていた。

ただ、下着一枚外して……

それを身に付けさせることさえ忘れて……

それほど慌てていたのだった。


まさか自分の行動を翔が見ぬいたことなど知る由もなかったのだ。


陽子のお腹の中で宿った胎児は、まぎれもなく翼の子供だったのだ。


あの日夜叉となった翼の子供だったのだ。




< 127 / 147 >

この作品をシェア

pagetop