二重人格三重唱
 空を白鷺が飛んでいる。


「僕にも翼があったらな」
感慨深げに翼が言う。


飛べない翼。
名前だけの翼。


「きっと翔が飛び立つための名前だと思う。翔はきっとさっきの白鷺のように、僕のことを俯瞰しているのだろう」

精一杯背伸びして翼が大人びたことを言う。

俯瞰(ふかん)とは、鳥が上空から下界を見下ろす意味だった。


陽子は自分のために無理をしているのではないかと心配していた。


(翔さんってどんな人なんだろう?)

考えても解らない。

そう、陽子はまだ翔には会っていない。
どんな人物なのか思いはかっても、判るはずも無かったのだ。


(でも何故? 何故翔さんのことばかり言うのだろう?)

陽子は純子と忍の結婚式の披露宴で、翔の話ばかり耳にした。

翔は東大を目指すために中高一貫の私立校に通っていると言う。
でも翼は普通の公立高校だった。

だからそれを見かねた勝と忍が秘密に勉強を教えていたのだった。
それは、そのことで翼が肩身の狭い思いをすることを警戒したからだった。


愛された記憶のない翼は愛し方も知らなかった。

御花畑駅の改札口で待っていた翼。
陽子は当然のように手に触れた。

その時稲妻が走ったかと思われる程衝撃を受けたらしく、翼は震えていた。

陽子が笑う度、翼の表情が変わる。

愛しくて愛しくてたまらなくなる。

こんな健気な青年を何故家族はないがしろにするのだろうか。

西武秩父駅で陽子が泣いたのは、翼の過去を思いはかったからだった。

陽子の荷物を持とうとしてくれた優しい翼。

本当は頼みたい陽子。
でも、見栄を張る。

二つ年上のお姉さんとしての意地だったかもしれないけど。




 「巡りきてその名を聞けば明智寺心の月はくもざるらん」

国道に繋がる道をお遍路達がご詠歌を唱えながら歩いて来る。

白装束に“同行二人”と記してある。

翼と陽子に軽く会釈を交わしながら、六角のお堂の中に入って手を合わせる。

案内人らしい人が、寺の言い伝えなどを語り出す。

翼と陽子は遠巻きに仲間に入って聞き耳を立てる。




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