二重人格三重唱
 秩父夜祭りの仕掛け花火の会場・あの日愛を育んだ羊山公園脇の坂氷まで、二人は夜道を歩いてきた。

二日前に降った雪が少し残る道。

ライトが幻想的に照らし出す。


陽子は背中から手を回し、翼のコートのポケットの中に入れた。

翼はびっくりしたように陽子に目をやりながら、その手をポケットの中で強く握り締めた。

翼のもう片方の手は陽子の背中からコート手繰った。
陽子はその手を強く握り締めた。


冷たい手を温め合いながら、より深い恋人同士になって行く。

その手に、二人はお互いの将来をかけてみたいと思っていた。


仲むつまじそうに歩く恋人達に、秩父神社へ続く道はよりいっそう深い絆を与えていた。


突然花火が上がり歓声に包まれる。

そんな中、陽子はうずくまっていた。

これは、新年を祝うための秩父地方の恒例の行事だった。

知っていた。
知ってはいた。

でも余りにも無防備だったので、驚いてしまったようだった。


心臓が止まってしまうのではないかと思うほどの衝撃。

オーバーでも何でもない。

翼と一緒に居られる喜びに浸っていた陽子。

だから余計に震え上がったのだった。

今確実に陽子は、か弱い一人の女性になっていた。


翼はすぐに駆け寄った。

背中側に回り、陽子の肩から手を回す。そして優しく抱き締めた。


陽子の脆い部分に触れて、より一層愛しくなる。

抱き締めながら、優しい男になっていく自分。

翼は恋する喜びに震えていた。


ふと、クリスマスイブのシャワールームでの出来事を思い出す。

陽子の前で無様に震え上がった自分。


(陽子も……)

そう陽子もか弱い一人の女性だったのだ。




 神社にはこの時を待っていたかのように、善男善女が初詣に次々と繰り出してくる。

陽子はやっと立ち上がり、翼とはぐれないように寄り添いながら石段を登って行った。


「もしかしたら怖がり?」

翼の質問に頷く陽子。

陽子は翼の手をしっかり握った。


「翼と離れたら怖い。しっかり捕まえていて」

素直に甘える陽子。


(もっと大人にならなければいけないな)

階段の先にある大鳥居を潜りながら改めて誓う翼。

この時恋人達の未来は永遠に続いて行くと思われた。


悲劇が待っているとも知らず、二人幸せな時間を共用出来たことに酔っていた。


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