二重人格三重唱
 翼の生家は上町にあった。入り組んだ路地に小さな家が立ち並ぶ。

日高家は、その中でも大きな方だった。


古いアパートを改装した母家は大きく、駐車場も広かった。


昔からの資産家で、不動産を幾つも所持していた。

孝は何も仕事をしないで優雅に暮らせていけたのだ。

だから、趣味のテニスと珈琲を満喫するための事業を起こしたのだった。




「結婚したいだと! まだ高校生だぞ」
孝は頭ごなしに翼を叱り付けた。


「もう嫌なんだよこんな家!」
翼は感情を爆発させた。

きっと初めての反抗なんだろうと陽子は思った。

翼の体全体から寂しさが溢れていた。


「生活はどうするんだ!?」

孝はまだ息巻いていた。


「私が……。私はまだ未成年です。でも、来年短大を卒業したら、横瀬の保育園で働きます。既に内定は戴きました」

初耳だった。

翼は驚いたように陽子を見つめた。
陽子はそっと頷いた。


(自分は何て愚かなんだろう。陽子がそこまで思っていてくれてたなんて……もしかしたら同情? お祖父ちゃんに頼まれたから?)

翼は、本当は感謝したいと思っていた。
それなのに、勘ぐる自分に恋人としての資格があるのか疑問に思えていた。


翼は近くの神社の脇道の上にある秘密基地に陽子を連れて行った。


其処は夜祭りデートの前に、翼が立ち寄った場所だった。


「何時もここで電車を見ていたんだ」


秩父線の線路。
その向こう側には西武秩父駅。

そして……
あの日負の遺産だと陽子が言った、日々姿を変えていく雄大な武甲山。

翼はここで旅立つことを夢に描きながら電車を見ていたんだろう。

陽子は翼と共に生きることを、翼を見守って来たこの秘密基地に誓っていた。

翼は陽子の肩を抱きながら、何があっても守り抜くことを改めて誓っていた。
その時初日の出の光が二人を包み込んだ。


木村家へ新年の挨拶に行こうと、御花畑駅に向かう。

二人の婚約を報告して祝福して欲かった。
認めてくれている家族に。


「きっとこの辺かな、秘密基地」
車窓の景色を陽子が指を指す。


翼が見ると、朝日を浴びて其処は輝いていた。



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