二重人格三重唱
 心配して陽子が覗くと、翼は泣いていた。


「もし僕にチョコレートを用意していたのなら、それは陽子のお父さんにあげて……僕はこれだけで」

翼はそう言いながら陽子に唇を近付けた。


「翼ダメ! 物見遊山!」

その言葉に翼はハッとして慌てて陽子から離れた。


その仕草が可笑しくて陽子は声を出して笑っていた。

翼は途方にくれた。
あの日のように、キスで防ぐことは出来ない。
でも翼はその一時に安らぎを感じた。

翼と陽子の愛の軌跡は、又一つ積み重ねられていく。


陽子は翼が西善寺にいた真相を後で知る。

翼は自転車で国道まで迎えに出ていたのだ。
でもそれに気付かずステーションワゴンは直進してしまったのだった。
だから翼はその後を追いかけたのだった。


それは翼の優しさだと思った。

陽子はより深く翼に愛を感じた。


それは奇跡がもたらせた愛の軌跡になっていた。


西善寺の駐車場に戻る時、翼はあの涅槃像に熱心に手を合わせていた。

その姿はまるでお釈迦様にすがる信者のようだった。




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