二重人格三重唱
 出来たばかりの勝の遺影を前に、翼と陽子。

通夜の準備は否応無しに進んで行く。


「早過ぎるよ」
翼は泣きながら、勝に誤っていた。

自分がすぐ側にいながら勝を死なせてしまった翼。

悔やんでも悔やみ切れなかった。


「でもおじ様、喜んでくれたじゃない」
陽子は翼の手を取りながら言った。


「うんそうだね、確かに嬉しそうだった。ありがとう陽子」
翼は改めて、遺影を見つめ心を込めて合掌した。


「陽子が思い付かなかったら、結婚はきっとずっと先だった。お祖父ちゃんを喜ばせることも出来て……僕はなんて幸せ者なんだろう」


翼の脳裏に初めて触れた陽子の肌の感触が蘇る。

翼は思わず赤面し一時席を外した。


その時、今度は陽子が泣き出した。

陽子は病室での初夜の営みが、勝が亡くなった引き金になったのでらないかと思っていた。
だから身勝手な行動を悔いていたのだ。


病室で、付き添いのベッドの中で、勝の苦しみにも気付かず抱き合った二人。

そんな事実は誰にも言えるはずがなく。
二人だけの秘密とした。


だから余計に陽子を苦しめていたのだった。


陽子は初めて男性に抱かれた。

自分を性同一性症候群だと思っていた陽子が、突然恋に堕ちた。


自分でもどうすることも出来ない……
激しく燃え上がる恋と言う名の炎。


身を焦がしながら、翼にその身を捧げた。
あの病室で……

苦しむ勝の前で……

初夜と言う名目の元で……


それが陽子は許せなかったのだ。

それ故に自分を追い詰めていたのだった。



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