二重人格三重唱
 勝の遺影を見ていると、田中恵の言った香の事を思い出した。


『薫から又入院してると聞いてびっくりしたわよ』
そう言いながら恵は抱えていた花を勝に見せていた。
その後で恵は確かに言っていた。


『香の大好きだった白いチューリップがあったから』
と。


でもその白いチューリップは薫が好きな花だった。


(そうだ! あの後お祖父ちゃんは急変したんだ! 何か意味があるのだろうか? 田中恵さんの言った、香さんと言う人に……)

翼は溜め息を吐いた。


「どうしたの翼」
陽子は翼を見つめた。


「ちょっと気になることがあって、実は」

翼は病室で会った恵のことと、祖父が薫に言ったことを陽子に話した。


「つまり、おじ様が香さんを探していて、薫さんを香さんと呼んだってこと?」
翼はうなづいた。


「それじゃ、薫さんが香さんじゃないの」

「でも母さんの名前は間違いなく薫だよ」
翼はもう一度遺影を見つめた。


「お祖父ちゃんはあの時何かを見つけたんだ。その何かが何なのかを知りたい。僕の秘密につながるかも知れない」


「秘密って?」


「母は翔ばかり可愛いがってた。何故僕が愛されなかったのかが分かるかも知れない」

翼は目を閉じ、辛かった日々を思い描いていた。




 「僕の頭にハゲがあるの知ってる?」
突然翼が尋ねる。

陽子は首を振った。


「あれは八年前だったな」

翼は翔が母に溺愛されていると感じた日の出来事を話し始めた。


薫が翼と翔を連れてこの家に遊びに来たときのことだった。

いきなり近所のおじさんが現れ、翼のお尻を叩き始めた。


『孫が何かしましたか?』
勝が慌てて止めに入ってくれた。

でも叩くのをやめてくれなかった。


『家の柿を盗みよった。それだけじゃない。硬いのをもいで投げつけてきた』


『僕じゃない!お願い信じてよ!』
翼は必至に訴えた。

でもおじさんは聞いてくれなかった。


『年寄りだと言って馬鹿にするな! ワシは顔を見ているだ。こいつに間違いねえ!』

腸でも煮えくり返ったような形相をして翼を睨み付けた後、頭を思っいきりポカリとやってからおじさんは帰って行った。


翔が隠れて様子を伺っている。

勝はピンときた。


『翔!やったのはお前か!?』


『俺じゃあねえ。きっとこいつだよ』
翔は翼を指差しながら不適な笑みを浮かべた。


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