二重人格三重唱
 翼はワンタッチテントを庭に広げた。
それに気付いた忍が、アルバムからキャンプ場で撮影した写真を持って来た。


其処に写るとっびっきり弾けた翼の笑顔。


「お姉さんおじ様をよろしく」

陽子は居たたまれなくなって、純子に線香番を頼んでから翼の手を取りテントの中に消えた。




 心配して追い掛けようとした純子を忍が止める。


「二人だけにしてやろう。きっと泣きたいんだ」


「そうね。あんな笑顔の写真を見せられたら……」

純子はそう言いながら、頬に流れる涙を拭った。


「親父……。翼は幸せ者だよ。だから心配するなよ」

忍は勝の遺影に言葉を掛けた。


「今度は私達がお義父様の傍にいましょうよ」

純子は繋ぎの線香をそっと供えた。


「今はそっとしておいてやるのが一番だ」

忍は純子にそっとアルミシートを掛けた。


通夜は静かに過ぎて行く。

忍・純子夫婦はテントの中の二人を気にしながら、遺影の前で寄り添っていた。


陽子は、翼に再び微笑みが戻る事を願いながら抱き締めていた。

勝だけに見せる屈託のない笑顔。
本当はそれがほしかった。

あの写真の、あの顔がほしかった。

でも勝の居ない事実が現実化する今、それは無理なことだった。


そんな中、陽子が重い口を開く。
でもそれは翼にとって余りにも意外な話だった。


あのクリスマスイブに勝が語り部となった夜。

陽子が感じた疑問。
それを翼に聞いてもらいたくて、自分も語り部のなっていたのだった。


陽子の住んでいた武州中川駅から程近い所に、赤穂浪士の伝説がある。

そして其処は、勝と節子の故郷でもあったのだ。

陽子は翼同様、子供の頃に母の節子に聞かされていたのだった。


赤穂浪士の別働隊が其処に集結して、仇討ちが失敗した時のために待機していた。


集落の地主の元に、赤穂班の江戸詰めの家臣宅で奉公に出ていた吉三郎が訪ねて来た。


吉三郎は、主の娘おいとの将来を誓った仲だった。


赤穂班のお家断絶の噂を耳にしていた主はこの突然の帰郷を快く迎えてくれた。

すぐにでも祝言を挙げさせたかったのだ。

吉三郎はそれ程信頼のおける人物だった。




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