二重人格三重唱
 「龍神水? それに何で夕方なんだ?」
翼が首を傾げる。


「解ってないな。半日置けばもっと味にふくらみが増すんだってさ」

翔は勿体ぶったように話を止めて、翼を見た。


「龍神水と言うのは、今宮神社の中にある水だよ。じっちゃんが死んだから、今は従業員が汲んで来ているけどな。でも、タダで汲んで来る訳じゃないよ。チャンとペットボトルを買ってからだからな」

翔はまずいと思ったのか、そう付け加えた。

龍神水のペットボトルは、一つ三百円だった。
孝はそれを幾つもの購入して使用していたのだった。


「ところで、……そう言えば親父のコーヒー。陽子さんに効いたんだってな?」
翔はその事実を確認するように言った。


その途端翼は青ざめた。

それを見ながら翔は不敵な笑みを浮かべながら席を立った。


「お袋が言っていたよ。『陽子さんのことをあんなに気に掛けていたのに』って。お前等は疫病神かも知れないな」
翔が捨て台詞を吐きながら自転車へと向かう。


庭の片隅には白いチューリップが咲いていた。
翔はそれを見て、せせら笑った。

それは、薫の大好きな花だったから……
翼がまだ薫が好きなことを翔は見抜いたからだった。


「待てよ」
翼は慌てて翔を追う。


「陽子は何も知らないんだよ。そっとしておいてくれないか?」


「あー判ったよ」
翔は少しふてくされながら国道の方へ自転車を走らせた。


「あれっ? 今誰と話していたの?」


(えっ!?)

翼は陽子の発言に疑問を持ちながらも、自分の陰で見えなかったのだと思っていた。


「翔だよ」


「えっー、翔さん!?」

陽子は籐籠に入っていた手作りクッキーをテーブルに置いた。


「わー、逢いたかったな。だって私一度も逢ったこと無いんだもの」


「そうだったっけ?」

翼の言葉に陽子は頷いた。



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