二重人格三重唱
 厳しい西日が車窓越しに照りつける。
床にはくっきりペアシャドー。
二人はシャッターカーテンを閉めないで影を楽しんでいた。


「暑くない?」

翼は車窓のひさしの下側に手を伸ばした。

でも、陽子は首を振った。


「熊谷って物凄く熱いんでしょう。少し馴れておきましょうよ」

陽子の言葉を聞いた翼は、その手を下げて陽子の指先に重ねた。

そして又影遊びを始めた。


二人が揺れる度に、床に映った影も揺れる。

熊谷までの距離が物足りない位に二人は又恋人同士に戻っていた。


 熊谷駅に降り立った二人は階段を上り、突き当たりを右に折れた。
飲食店や土産物店の間を真っ直ぐ進み、左に行くと階段がある。

下りきった所の頭上には暑さ対策の霧噴射機。


「これが噂の『熱いぞ!熊谷』を冷やす霧シャワーね」
陽子は両手を広げて全身に浴びていた。


「陽子……、ちょっとあれ見て」

その言葉に誘われて、陽子は翼の視線の先を見て目を奪われた。


「わぁ、凄い!!」

もう霧のシャワーどころではなくなった。

そこには、階段のサンの部分に描かれた鯉が泳いでいた。


「あの霧のシャワーは肌から、これは目から涼んでもらおうとする熊谷の人の心遣いね」


「うん。きっとそうだ。でも凄い発想だね」

翼と陽子はしばらくそこから離れることが出来ないでいた。




 午後四時。
陽射しはまだ暑い。
それでも二人は星川に向かって歩き始めた。

熊谷駅のバス停横を左に行く。
一つ目の門を右へ行き、ぶつかった通りを左に行く。
暫く行くと乙女の像のある交差点。
二人は星川脇の植え込みの中にある小道を歩いた。


陽子は乙女の像の広場が灯籠流しの会場だと思っていた。
だから熊谷駅方面から歩き出したのだった。


盆踊り会場のようなやぐらの向こうに、もう一つの乙女の像があった。
それが灯籠流し会場の戦火の乙女の像だった。


その手前の川面に架かる飛び石の橋渡し。
此処より星川の灯籠流しが始まる。


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