シュガーメロディ~冷たいキミへ~

***


指に押されて沈む鍵盤が、いつもより重く感じる。


一音一音。

いつもなら大事に、言葉を紡ぐように扱うのに。

扱えるのに。


……どうして今日はこんなに上手くいかないの。



「……雪岡さん、どうしたの?珍しいのね、あなたがこんなに崩れるなんて」


私の演奏を聴いて驚いたような心配したような声でそう言ったのは、私の個人指導を担当してくれている、のんちゃん、こと野々原紫(ののはらゆかり)先生。


「すいません……」


自分でもどうしたらいいのか分からなくて、そう謝るしかなかった。

前のレッスンよりひどくなってるってあり得ないよね……。


課題に出されていた、バッハのインベンション。


普段から、気持ちの乗せにくい曲はあまり得意じゃないんだけど、いつにも増して最低の出来だった。


……決して練習を怠ったわけじゃない。


好きな曲じゃなくたって、手を抜くなんて絶対にしない。


好きな曲を思い通りに弾くためには好きじゃない練習も必要なんだって、ちゃんとわかっているから。



「怒ってるわけじゃないのよ。ただ、……なんだか今日は音がとても重く感じるわ。……雪岡さんらしくない」


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