シュガーメロディ~冷たいキミへ~
♯ 5 私だけの音
♯ 5
「……初めて雪岡のピアノを聴いたとき、本当に母親のピアノにそっくりで驚いた。あの頃の母親は俺にとっては結構なトラウマだったから、もうあの頃には戻りたくないって、頭が勝手に雪岡のピアノを拒絶するくらい、本当に、そっくりだった」
静かな口調でそう言った水無月くんに、私は何も言えなかった。
それはもちろん、水無月くんの抱えていた苦しみが予想以上に大きかったというのもあるけれど、それとは別の理由から、心臓の鼓動がやけにドキドキと鳴っていた。
……有名なピアニストだったという水無月くんのお母さん。
だけど、その活動は国内だけにとどまっていて、指導者としての道を歩もうとしていたという。
……初めて水無月くんに会ったとき、まだ私たちは中学1年生だった。
今の話を聞く限り、水無月くんのお母さんがピアノを弾けなくなってしまったのは、中学2年生のときの話──。
『ごめんね、梨音ちゃん』
不意に、懐かしさを感じるセリフが頭の中に響いた。
透き通った、ソプラノの声。
……有名なピアニストだったにも関わらず国外に出ず、指導者としての道を歩いていた演奏者なんて。
それに水無月くんのお母さんということは、私の家の近くに住んでいるわけで。
……そんな演奏者、私は一人しか知らない。
『私も梨音ちゃんのこと、できるならもう一度見てあげたいけど……、でも先生、梨音ちゃんに教えてあげられるようなピアノ、弾けなくなっちゃったのよ────』