徹底的にクールな男達
9月
9/18 デート気分の勉強会
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私服を見たことは何度かある。その時と雰囲気は同じ。
黒の綿パンツに白っぽいシャツ、襟元から見える白いティシャツ。
なのに、今になって見てみると、こんなに恰好良く見えるから不思議だ。
「お疲れ。…………、もしかして、待ってた?」
会社での険しい表情とは違う穏やかな顔つきで柳原は現れたが、麻見は国際ホテルの駐車場で実際、一時間半待っていた。
予定されていた11時の約束の15分前に到着し、現在、12時15分。
「いえ……少し、ちょっと待ちましたけど」
「わ、悪いな……寝過ごして。11時頃に着くのがベストだなあとは思ってたんだけど気付いたら11時半で。家から45分かかるからなあ……あ、電話すれば良かったかな」
「いっ、いえっ。約束したわけじゃありませんし」
そうなのだ。確かに、柳原が11時に国際ホテルで開催される大手メーカー主催の勉強会に参加すると言っていたが、一緒に行こう、待ち合わせしようという約束にはなっていなかった気がする。
なので、決して1時間半待ちぼうけをくらったわけではなく、勝手に1時間半待っていただけなのだ。
勝手に新しいワンピースを新調して、勝手にセミロングの髪の毛をトリートメントしてしかもカールさせて。
勝手に無駄毛の処理をして、ホテルの入口を車の中から1時間半睨んでいただけなのだ。
「3階、3階……」
麻見は、柳原の後ろにちょこんと着いて歩く。
いつもの制服とは違う、しかも私服とも少し雰囲気の違う黒地に小さな花柄の上品なワンピースとパンプス姿にどんな視線を向けてくるだろうと期待していたが、実際は以前と変わらず同じ、何の熱も感じられない視線だった。
エレベーターを下りるなり、知った顔にいくつか出会う。
「あぁ、柳原副店長、本日はお休みのところお越しいただいてありがとうございます」
ラフな私服のこちらとは逆に、スーツに身を包んだメーカー営業担当に挨拶される。
「いえ、お疲れ様です」
「さっそくですが、お食事券です。はい、そちらの方も」
そちらの方程度の挨拶だけされた麻見は、食事券をぴらりと渡された。
「11時半から1時半までが食事の時間ですので、先に食事されて来たらどうです? 展示室は4時までですので後でもご覧頂けますので」
「そうですね」
柳原は、オメガの腕時計でスケジュールを確認しながら返事をした。
「そしたら、食事は最上階の15階、レストランスカイ東京です」
軽く会釈して2人はその場から離れ、再びエレベーターに乗り込んだ。
と、エレベーターが閉まるよる少し早く、大柄の男が乗り込み、
「よっと」
目と目が合った。
「わあ! お、疲れ様です!!」
「お疲れッス」
静かな空間に飛び乗って来た福原部門長は、柳原とは目配せしただけで挨拶を終えた。
「今から食事?」
身長が185を超える福原に近距離で見下ろされると、口ごもってしまう。
「あ、はい」
柳原と一緒だと勘違いされないだろうか、若干不安になり俯いて答えたせいか、
「じゃあ、一緒に食うか。どうせ1人で来たんだろ?」
その声はあまり抑揚がなく、見たままを軽く言ってみただけで他意がないのが丸わかりだ。
「いやっ……」
えーと……。
柳原を見ると、腕を組んで、10から11に表示が切り替わる階数表示を見上げている。
「いえあの、……、やな……」
「それにしても、勉強会に来るなんて、どうした!? 俺毎回参加してるけど、今まで会ったことなかったのに」
「あのまあ、その、その、やな……」
ポン、というどこにでもよくある音とともにドアが開き、あろうことか先に柳原が出て行ってしまう。
「いえあのっ……」
「まあ、レジ打ってても勉強は役立つしな。それにしても今日のランチは何かなあ。ここの食事はいいぞ。コーヒーもうまい」
「……」
どうしよう、柳原がどんどん先に進んで行ってしまう。追いかけるつもりで速足で歩いているのに、
「……なんか、私服だと印象変わるな」
と、振り払いきれない会話も追いかけてくる。
「いえ、あの……」
とうとう先にレストランに到着した柳原はボーイにチケットを渡して先に入ってしまう。
麻見は思い切ってダッシュし、
「柳原店長!!」
少し大きな声を出して振り向かせた。
「柳原店……」
「柳原副店長、だろ。間違ってるぞ」
追いついてきた福原は、チケットを渡しながら柳原を見た。
「あ、すみません。あの、柳原副店長、食事の席……」
「チケットはお持ちですか?」
タイミングを全く図らないボーイは、ここぞとばかりに自らの仕事を全うする。
麻見が慌ててバックをまさぐり始めた途端、
「お席にご案内します」
別のボーイが柳原の案内役をかって出た。
「…………」
早くしなきゃ、早くしなきゃ。
なのに、焦ってバックからチケットが出ない。
「えーと、どこやったかな」
入れるはずもない、バックの内ポケットや外ポケットまで確認した頃には、既に柳原は窓際に1人で腰かけており、今更追いかけられるような状態でもなく、
「あれ。自分で踏んでるの、そうじゃない?」
福原に言われて足元に気付いた時には遅く、こちらはこちらで2人きりでテーブルに案内されることになり。
「さすが有名なホテルだな。景色が違う」
と、旨くもないランチを、予定にもなかった展開をたどるハメになる。
私服を見たことは何度かある。その時と雰囲気は同じ。
黒の綿パンツに白っぽいシャツ、襟元から見える白いティシャツ。
なのに、今になって見てみると、こんなに恰好良く見えるから不思議だ。
「お疲れ。…………、もしかして、待ってた?」
会社での険しい表情とは違う穏やかな顔つきで柳原は現れたが、麻見は国際ホテルの駐車場で実際、一時間半待っていた。
予定されていた11時の約束の15分前に到着し、現在、12時15分。
「いえ……少し、ちょっと待ちましたけど」
「わ、悪いな……寝過ごして。11時頃に着くのがベストだなあとは思ってたんだけど気付いたら11時半で。家から45分かかるからなあ……あ、電話すれば良かったかな」
「いっ、いえっ。約束したわけじゃありませんし」
そうなのだ。確かに、柳原が11時に国際ホテルで開催される大手メーカー主催の勉強会に参加すると言っていたが、一緒に行こう、待ち合わせしようという約束にはなっていなかった気がする。
なので、決して1時間半待ちぼうけをくらったわけではなく、勝手に1時間半待っていただけなのだ。
勝手に新しいワンピースを新調して、勝手にセミロングの髪の毛をトリートメントしてしかもカールさせて。
勝手に無駄毛の処理をして、ホテルの入口を車の中から1時間半睨んでいただけなのだ。
「3階、3階……」
麻見は、柳原の後ろにちょこんと着いて歩く。
いつもの制服とは違う、しかも私服とも少し雰囲気の違う黒地に小さな花柄の上品なワンピースとパンプス姿にどんな視線を向けてくるだろうと期待していたが、実際は以前と変わらず同じ、何の熱も感じられない視線だった。
エレベーターを下りるなり、知った顔にいくつか出会う。
「あぁ、柳原副店長、本日はお休みのところお越しいただいてありがとうございます」
ラフな私服のこちらとは逆に、スーツに身を包んだメーカー営業担当に挨拶される。
「いえ、お疲れ様です」
「さっそくですが、お食事券です。はい、そちらの方も」
そちらの方程度の挨拶だけされた麻見は、食事券をぴらりと渡された。
「11時半から1時半までが食事の時間ですので、先に食事されて来たらどうです? 展示室は4時までですので後でもご覧頂けますので」
「そうですね」
柳原は、オメガの腕時計でスケジュールを確認しながら返事をした。
「そしたら、食事は最上階の15階、レストランスカイ東京です」
軽く会釈して2人はその場から離れ、再びエレベーターに乗り込んだ。
と、エレベーターが閉まるよる少し早く、大柄の男が乗り込み、
「よっと」
目と目が合った。
「わあ! お、疲れ様です!!」
「お疲れッス」
静かな空間に飛び乗って来た福原部門長は、柳原とは目配せしただけで挨拶を終えた。
「今から食事?」
身長が185を超える福原に近距離で見下ろされると、口ごもってしまう。
「あ、はい」
柳原と一緒だと勘違いされないだろうか、若干不安になり俯いて答えたせいか、
「じゃあ、一緒に食うか。どうせ1人で来たんだろ?」
その声はあまり抑揚がなく、見たままを軽く言ってみただけで他意がないのが丸わかりだ。
「いやっ……」
えーと……。
柳原を見ると、腕を組んで、10から11に表示が切り替わる階数表示を見上げている。
「いえあの、……、やな……」
「それにしても、勉強会に来るなんて、どうした!? 俺毎回参加してるけど、今まで会ったことなかったのに」
「あのまあ、その、その、やな……」
ポン、というどこにでもよくある音とともにドアが開き、あろうことか先に柳原が出て行ってしまう。
「いえあのっ……」
「まあ、レジ打ってても勉強は役立つしな。それにしても今日のランチは何かなあ。ここの食事はいいぞ。コーヒーもうまい」
「……」
どうしよう、柳原がどんどん先に進んで行ってしまう。追いかけるつもりで速足で歩いているのに、
「……なんか、私服だと印象変わるな」
と、振り払いきれない会話も追いかけてくる。
「いえ、あの……」
とうとう先にレストランに到着した柳原はボーイにチケットを渡して先に入ってしまう。
麻見は思い切ってダッシュし、
「柳原店長!!」
少し大きな声を出して振り向かせた。
「柳原店……」
「柳原副店長、だろ。間違ってるぞ」
追いついてきた福原は、チケットを渡しながら柳原を見た。
「あ、すみません。あの、柳原副店長、食事の席……」
「チケットはお持ちですか?」
タイミングを全く図らないボーイは、ここぞとばかりに自らの仕事を全うする。
麻見が慌ててバックをまさぐり始めた途端、
「お席にご案内します」
別のボーイが柳原の案内役をかって出た。
「…………」
早くしなきゃ、早くしなきゃ。
なのに、焦ってバックからチケットが出ない。
「えーと、どこやったかな」
入れるはずもない、バックの内ポケットや外ポケットまで確認した頃には、既に柳原は窓際に1人で腰かけており、今更追いかけられるような状態でもなく、
「あれ。自分で踏んでるの、そうじゃない?」
福原に言われて足元に気付いた時には遅く、こちらはこちらで2人きりでテーブルに案内されることになり。
「さすが有名なホテルだな。景色が違う」
と、旨くもないランチを、予定にもなかった展開をたどるハメになる。