徹底的にクールな男達
10月
10/1 上司の冷たい視線
♦
「お疲れ様です……」
「あぁ、お疲れ」
6時の早上がりシフトでありながら、7時に仕事を切り上げた武之内店長と、7時上がりのシフトで定時に上がった麻見は偶然廊下で足並みがそろい、帰宅出口を目指して一直線に歩き始めた。
背は180ほどか。頭1つ分違う身長差にドキっとしたが、そんな甘い感情に浸っている場合ではない。
「あの……今日の現金誤差、すみませんでした」
最近レジでの伝票の金額と実際にある現金の誤差が多発しており、本日も12時の点検で既に+1円の誤差が出ていた。17時の点検でも追究しようとしたが原因が分からなかったため、閉店作業でレジリーダーが報告書を書く予定だ。
「……多いね」
「気を付けてる、つもりです……」
「つもりじゃダメかな。レジ自体は焦らなくていい。ゆっくりでいいから」
「そう……ですね、目の前でお客さんが待ってると思うとそれだけで焦ってしまいますから」
「うん……」
武之内が黙ったので、ちらとその横顔を盗み見た。
やや痩せ気味の頬は色白で平たい。それに反して、スーツの上着はロッカーに置いているのか、ワイシャツのみ着て手に黒いパーカーらしき上着を持っているその身体は妙に筋肉質で、無駄な贅肉はついていなさそうだ。
2人は目を合すこともなく、そのまま入口の外に出た。
麻見はすぐに駐車場端に目をやる。自宅のカレンダーにシフトを書かされてからというもの、毎出勤時必ず鈴木がクラウンで足代わりになってくれている。
今晩も通常通り迎えに来ているのならば、いつもの一番端で停車しているはずで、予想通り白いセダンが確認できた。
入口を出てすぐ、麻見は武之内に切り出した。
「あの、私、前サブリーダーだったんです」
「うん、知ってる」
「けど、一般レジの方に落とされました」
「落とされる……ね……、」
その横顔をまた見る。だが、相手はこちらの視線になど全く気付いていないようだ。
「現金誤差も頑張ってるつもりだけど、なかなか減らなくて。かといって、他の人が忙しそうなのにレジで突っ立ってるのは嫌だし。他の窓口が忙しかったら手伝いたいし。でもそれで、誤差が増えてるのかもしれないけど。
でもだって、仕事はみんなで分け合った方が効率がいいし」
真剣なその声に武之内が立ち止まったのに気付き、褒められるものだと期待して麻見は言葉を待った。
「ごっちゃにして非効率的だから、完全分業にして効率を上げようとしてるんだけど」
「…………」
その、冷たい、熱のない視線と麻見の仕事への熱い視線が合い、すぐ逸らす。
「まず誤差を減らす。減ったら他の仕事に手を出してもいい」
「……分かりました。けど」
心が苦しくて俯いたけれど、意地で最後の一言を出す。
「お客様に向ける笑顔は、最近頑張ってます」
「そう。それはいいことだね」
それはいいこと、というか……。
店長なら、なんかもっと、他に言うことあるんじゃ?
柳原前店長なら、もっと大げさに褒めて、笑ってくれるはずなのに……。
「…………」
少し歩く速度を速めた。武之内も同じようにただ自車を目指しているだけなのか、麻見と同じように足を速める。
武之内の車はハリアーだと誰かが言っていた。だとしたら。
「武之内店長の車、あれですか? あの、白の……」
「うん、ハリアー。クラウンの隣の……麻見さんは?」
いやあのその……。
麻見はすぐに駐車場の隅に追い込まれ、
「、このクラウン、そう?」
武之内に目を見て聞かれた。丁度角にある街灯のお陰でその視線が突き刺さるほどよく分かる。
「え、あぁ……あの、今日は迎えで……その、偶然あの、あれで。あはは、あの、帰ります。お疲れ様でした」
逃げるように、助手席に乗り込む。その姿もずっと目で追われているのが分かる。
バタンと助手席のドアを閉めてから、暗い中潜んでいる鈴木を確認した。
「誰だ? あれ」
「店長……」
「出していいか?」
「えっ? ……、別に、いいと思うけど……」
まごまご返事に戸惑っている間に、ハリアーが先に出て行ってしまう。
「頭が部屋で待ってる。急いで帰るぞ」
武之内をやり過ごしたと思ったら、今度は葛西だ……。
「…………、初めて来ますね……」
武之内の冷たい視線が脳裏に焼き付いて離れず、言葉が宙に浮く。
「中国から直帰された。分かってるだろうが、しっかり相手しろよ」