徹底的にクールな男達
10/1 やくざに抱かれるということ
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高級マンションで2人きりで暮らす。
しかも相手は男性で、若い上に背も高く顔立ちも端正。という好条に希望を抱きすぎたのかもしれない。
鈴木が、頭(かしら)の命という名の元でも通勤の送り迎えをしてくれるというのなら、例え嫌々にしても若干新婚カップル的な何かが芽生えるかもしれない。もし芽生えたらどうしようと思わなかったといえば完全な嘘になる。
がしかし、ここ10日ほどの実際は、ほぼ1人暮らしと変わりなかった。
鈴木がマンションに上がることはほぼなく、送り迎えの詳しい時間を携帯で聞いてくるだけ。エントランスに停めた車から私がロビーに出入りをしているのを確認するのみで、最初に部屋に放り込んだビトンのバックの中身が一体なんだったのか、それすらも分からないほどだった。
それに、それ以外の時間はどこで何をしているのかも全く分からない。
せめて、一緒に食事でもできる仲になればこの生活にも張りが出る気がしたが、物静かでシャープな鈴木にはそんな隙はない。
従って、パンや惣菜、冷凍物など簡単に作れる物を休みの日に1人で買いに行き、仕事の後は大型テレビの前のガラスのテーブルの上にしょんぼり置いて、ソファで足を崩したままずるずるすすりながらテレビを見ているにすぎなかった。
「…………」
そんな生活の中、大理石でできた玄関の床に男性物の革靴が丁寧に並べられていると絶対的な違和感がある。
麻見は革靴より少し離して靴を脱ぎ、一度深呼吸をしてから部屋へ上がった。
少し廊下を歩いて、見慣れたガラス張りのリビングへ出る。
「よォ」
「……あ……こんばんは……」
挨拶はこれで合っているだろうか、と今更考える。
中央都市の巨大な夜景をバックにこれみよがしに白いバスローブでグラスを傾けるのは、六千万円の借金を強いた上で力づくで馬乗りになり、不思議にも高級マンションをあてがったその人、葛西であった。
あまりにも場違いなで能天気な自分に、固まる。
「仕事はどうだ? 疲れたか?」
こちらを見ず、ソファで寛ぎついでにグラスに氷を入れながら聞いてくるが、
「あ、はい……疲れました」
と素直に答える他ない。
「……行け」
後ろについて来ていた鈴木に背中を押され、よろけるように前へ出る。
麻見は、こちらを見ない葛西に向かって、一歩ずつ歩み始めた。
「……、」
グラスを傾けたままこちらを見た葛西と、目が合う。
ギクリと肩を震わせ、すぐに顔ごと逸らした。
「なんだぁ?」
葛西は立ち上がり、こちらを向くとスタスタと目の前まで来た。
一瞬、後ろを見て鈴木を確認。
「わっ……」
している間に頭にぽん、と掌を乗せられ驚いて上目使いで見上げ、その眉間に皴を寄せたままで見下す目と、目を合せた。
「シャワー浴びてこい」
見降ろされたまま言われると、言葉が出ない。威圧感がすごくて、断ることも、頷くこともできない。
「…………」
ただ、視線だけ伏せて、従おうと試みる。が、葛西とまさか本当に!? なんか怖くて、どうしよどうしよう!! という不安だけがぐるぐる回る。
「なんだぁ? 俺が先に入ったの拗ねてんのか!?」
思いもよらぬ笑みがこもった声に、再び顔を上げた。
「ほら……」
目が合う、と若干期待していたのに既に視線は廊下の先に向けられていて、
「ついてってやるから、先に汗流せ」
と、背中にポンポン触れてくる。
「自、分で行きます!!」
咄嗟に足を前に出し、背中に感じる大きな手からさっと離れた。
「自分で洗えるか?」
背後からの甘くも低い言葉に、恐る恐る振り返ると視線がしっかり絡む。
手から逃れたせいで怒っているかもしれないと予感したが、葛西の表情は変わらず、まだ笑みがこぼれていた。
胸が痛い。
心臓の鼓動が早すぎて無意識に口が開き、口呼吸になっている。
頭からシャワーを浴びていると口の中にぬるま湯が入り、先ほどから何度もうがいをした。
震える手で無駄毛の処理はもちろん、全身を隅々まで洗う。
麻見はもちろん処女ではない。がしかし、ほとんど知りもしないやくざに、しかもこんな高待遇を受けながらの身体の請求ということは…………、わりと無茶されるのかもしれない。
と予感してみたものの、「無茶」というものがどの程度かもはっきり言って知らないし、また果たして無茶ということが起こりうる状況なのかもイマイチつかめてはいなかった。
どちらにせよ、だらだら考えて相手を待たせ続けるわけにはいかない。
「……よし……」
湯船に入る暇はない。そして、これ以上洗ってふやけてしまう前に、シャワーの蛇口を捻り、決心してバスルームを出たのであった。
葛西と同じ真っ白いバスローブが用意されていたのなら少しは様になっていたかもしれないが、そんな準備はもちろんない。脱衣所にあるのはいつもの何の変哲もない薄いピンクの水玉パジャマだけだ。
時刻は午後8時をまわっていたが、空腹も忘れたまま廊下をゆっくりと歩いてまずリビングに入る。が、人影は見当たらない。
「部屋だ」
誰もいないと思っていた隣のキッチンの端から鈴木の声がして、飛び上がった。
「さっさと行け」
キッチンのテーブルでパソコンを広げてこちらを見ない鈴木が、何故今そんなところで作業をする必要があるのか全く分からないが、世間話をする雰囲気でもなく、とりあえず先を急ぐ。
部屋ということは、部屋ってことは、あの、ダブルベッドで……。
いつも広すぎると持て余していたダブルベッドが今、本来の目的を果たそうとしている……。
「…………」
廊下を進み、ノブを捻ってドアを開けた。
部屋は天井のダウンライトとテレビがついているだけで薄暗く、ソファに足を組んで腰かけている葛西の横顔まではよく見えない。
黙って中に入り、ドアを完全に閉めた。
「こっち来い」
その顔は完全にテレビの方を向き、こちらを見てはいない。低い声が部屋に響き、麻見は唾を飲むことも忘れて葛西の左斜め前に立った。
「裸になれ。ベッドの上で脚を広げろ」
「……、え……」
自分の吐いた息から出た掠れた声だけが、部屋に取り残された気がした。
はだか、に?
自分で、服を脱いで?
脚を……。
「突っ立ってねーで。ほら行け」
顎でベッドの方を指示する。
だけど、そんな……。
乱暴な命令にうまく身動きが取れず、視線はベッドと葛西を往復するばかりで。
「できない、なんてことねーだろ。何のためにここに住まわせてやってるんだ」
葛西は溜息をゆっくり吐きながら、組んでいた足を戻したと思ったらそのまま立ち上がり、ぐいと腕を引っ張った。
足がもつれ、うまく歩くことができずに引きずられるようにベッドへと流され、
「きゃ!!」
柔らかな布団の上に押し倒されて身体が跳ねた。
次いで強引に馬乗りの体勢をとられ体重をかけられたせいで身動きがとれないまま、麻見の顔の横には太い両腕が伸びている。視界には、はだけた白いバスローブから見える厚い胸板が迫り、思わず顔を逸らした。
大きく首を捻って、目を瞑り、空いた手でシーツを握り締めた。
「こっち見ろ」
「……ッ、無理ですッ!! は、裸なんて……!!」
「あーあぁ」
突然、気のない声を出したかと思うと、身体が軽くなった。
「興冷めだ」
葛西はそれだけ言うと、サイドテーブルの灯りをつけ、ベッドから降りるとテーブルの上に置いてあったタバコに手を伸ばした。
「…………」
寝転がったまま、葛西とは逆方向を向いた麻見は着ズレと呼吸を整えた。少し落ち着いて、振り返ってみる。
その、ベッドの際に腰を掛け、ほの暗い中静かにタバコをふかせる斜め横顔をじっと見つめた。少し離れて見ると渋くて、恰好よくて、近寄りたくなっても不思議ではないのに、いざ話して触れられると、普通の男の人ではない独特の雰囲気に圧倒されてしまって身動き1つとれない。
「鈴木はここで寝てるのか?」
話題が変わったことに、安心して麻見は起き上がると素直に答えた。
「いえ……、送り迎えはしてくれていますが、その時くらいしか会いません。ここでは寝ていません」
「教え込んでもらえ」
「…………」
まさか、今、葛西が発した言葉と、自分の一瞬の妄想が、鈴木に抱かれる妄想が一致しているはずはない。
おそらく、聞き間違いか、考え違いで……。
「聞こえてるのか?」
「あっ、はいっ、っと。えっと……」
あらぬ妄想を振り払わねば、と頭をクリアにしようと息を吸って、
「あ、はい」
と、返事をしたのにも関わらず、
「鈴木に男の扱い方、教え込んでもらえ」
聞えてきたのは煙に包まれた、今しがた妄想したばかりの裸の鈴木に優しく抱かれて上気している自分の姿、そのものであった。
高級マンションで2人きりで暮らす。
しかも相手は男性で、若い上に背も高く顔立ちも端正。という好条に希望を抱きすぎたのかもしれない。
鈴木が、頭(かしら)の命という名の元でも通勤の送り迎えをしてくれるというのなら、例え嫌々にしても若干新婚カップル的な何かが芽生えるかもしれない。もし芽生えたらどうしようと思わなかったといえば完全な嘘になる。
がしかし、ここ10日ほどの実際は、ほぼ1人暮らしと変わりなかった。
鈴木がマンションに上がることはほぼなく、送り迎えの詳しい時間を携帯で聞いてくるだけ。エントランスに停めた車から私がロビーに出入りをしているのを確認するのみで、最初に部屋に放り込んだビトンのバックの中身が一体なんだったのか、それすらも分からないほどだった。
それに、それ以外の時間はどこで何をしているのかも全く分からない。
せめて、一緒に食事でもできる仲になればこの生活にも張りが出る気がしたが、物静かでシャープな鈴木にはそんな隙はない。
従って、パンや惣菜、冷凍物など簡単に作れる物を休みの日に1人で買いに行き、仕事の後は大型テレビの前のガラスのテーブルの上にしょんぼり置いて、ソファで足を崩したままずるずるすすりながらテレビを見ているにすぎなかった。
「…………」
そんな生活の中、大理石でできた玄関の床に男性物の革靴が丁寧に並べられていると絶対的な違和感がある。
麻見は革靴より少し離して靴を脱ぎ、一度深呼吸をしてから部屋へ上がった。
少し廊下を歩いて、見慣れたガラス張りのリビングへ出る。
「よォ」
「……あ……こんばんは……」
挨拶はこれで合っているだろうか、と今更考える。
中央都市の巨大な夜景をバックにこれみよがしに白いバスローブでグラスを傾けるのは、六千万円の借金を強いた上で力づくで馬乗りになり、不思議にも高級マンションをあてがったその人、葛西であった。
あまりにも場違いなで能天気な自分に、固まる。
「仕事はどうだ? 疲れたか?」
こちらを見ず、ソファで寛ぎついでにグラスに氷を入れながら聞いてくるが、
「あ、はい……疲れました」
と素直に答える他ない。
「……行け」
後ろについて来ていた鈴木に背中を押され、よろけるように前へ出る。
麻見は、こちらを見ない葛西に向かって、一歩ずつ歩み始めた。
「……、」
グラスを傾けたままこちらを見た葛西と、目が合う。
ギクリと肩を震わせ、すぐに顔ごと逸らした。
「なんだぁ?」
葛西は立ち上がり、こちらを向くとスタスタと目の前まで来た。
一瞬、後ろを見て鈴木を確認。
「わっ……」
している間に頭にぽん、と掌を乗せられ驚いて上目使いで見上げ、その眉間に皴を寄せたままで見下す目と、目を合せた。
「シャワー浴びてこい」
見降ろされたまま言われると、言葉が出ない。威圧感がすごくて、断ることも、頷くこともできない。
「…………」
ただ、視線だけ伏せて、従おうと試みる。が、葛西とまさか本当に!? なんか怖くて、どうしよどうしよう!! という不安だけがぐるぐる回る。
「なんだぁ? 俺が先に入ったの拗ねてんのか!?」
思いもよらぬ笑みがこもった声に、再び顔を上げた。
「ほら……」
目が合う、と若干期待していたのに既に視線は廊下の先に向けられていて、
「ついてってやるから、先に汗流せ」
と、背中にポンポン触れてくる。
「自、分で行きます!!」
咄嗟に足を前に出し、背中に感じる大きな手からさっと離れた。
「自分で洗えるか?」
背後からの甘くも低い言葉に、恐る恐る振り返ると視線がしっかり絡む。
手から逃れたせいで怒っているかもしれないと予感したが、葛西の表情は変わらず、まだ笑みがこぼれていた。
胸が痛い。
心臓の鼓動が早すぎて無意識に口が開き、口呼吸になっている。
頭からシャワーを浴びていると口の中にぬるま湯が入り、先ほどから何度もうがいをした。
震える手で無駄毛の処理はもちろん、全身を隅々まで洗う。
麻見はもちろん処女ではない。がしかし、ほとんど知りもしないやくざに、しかもこんな高待遇を受けながらの身体の請求ということは…………、わりと無茶されるのかもしれない。
と予感してみたものの、「無茶」というものがどの程度かもはっきり言って知らないし、また果たして無茶ということが起こりうる状況なのかもイマイチつかめてはいなかった。
どちらにせよ、だらだら考えて相手を待たせ続けるわけにはいかない。
「……よし……」
湯船に入る暇はない。そして、これ以上洗ってふやけてしまう前に、シャワーの蛇口を捻り、決心してバスルームを出たのであった。
葛西と同じ真っ白いバスローブが用意されていたのなら少しは様になっていたかもしれないが、そんな準備はもちろんない。脱衣所にあるのはいつもの何の変哲もない薄いピンクの水玉パジャマだけだ。
時刻は午後8時をまわっていたが、空腹も忘れたまま廊下をゆっくりと歩いてまずリビングに入る。が、人影は見当たらない。
「部屋だ」
誰もいないと思っていた隣のキッチンの端から鈴木の声がして、飛び上がった。
「さっさと行け」
キッチンのテーブルでパソコンを広げてこちらを見ない鈴木が、何故今そんなところで作業をする必要があるのか全く分からないが、世間話をする雰囲気でもなく、とりあえず先を急ぐ。
部屋ということは、部屋ってことは、あの、ダブルベッドで……。
いつも広すぎると持て余していたダブルベッドが今、本来の目的を果たそうとしている……。
「…………」
廊下を進み、ノブを捻ってドアを開けた。
部屋は天井のダウンライトとテレビがついているだけで薄暗く、ソファに足を組んで腰かけている葛西の横顔まではよく見えない。
黙って中に入り、ドアを完全に閉めた。
「こっち来い」
その顔は完全にテレビの方を向き、こちらを見てはいない。低い声が部屋に響き、麻見は唾を飲むことも忘れて葛西の左斜め前に立った。
「裸になれ。ベッドの上で脚を広げろ」
「……、え……」
自分の吐いた息から出た掠れた声だけが、部屋に取り残された気がした。
はだか、に?
自分で、服を脱いで?
脚を……。
「突っ立ってねーで。ほら行け」
顎でベッドの方を指示する。
だけど、そんな……。
乱暴な命令にうまく身動きが取れず、視線はベッドと葛西を往復するばかりで。
「できない、なんてことねーだろ。何のためにここに住まわせてやってるんだ」
葛西は溜息をゆっくり吐きながら、組んでいた足を戻したと思ったらそのまま立ち上がり、ぐいと腕を引っ張った。
足がもつれ、うまく歩くことができずに引きずられるようにベッドへと流され、
「きゃ!!」
柔らかな布団の上に押し倒されて身体が跳ねた。
次いで強引に馬乗りの体勢をとられ体重をかけられたせいで身動きがとれないまま、麻見の顔の横には太い両腕が伸びている。視界には、はだけた白いバスローブから見える厚い胸板が迫り、思わず顔を逸らした。
大きく首を捻って、目を瞑り、空いた手でシーツを握り締めた。
「こっち見ろ」
「……ッ、無理ですッ!! は、裸なんて……!!」
「あーあぁ」
突然、気のない声を出したかと思うと、身体が軽くなった。
「興冷めだ」
葛西はそれだけ言うと、サイドテーブルの灯りをつけ、ベッドから降りるとテーブルの上に置いてあったタバコに手を伸ばした。
「…………」
寝転がったまま、葛西とは逆方向を向いた麻見は着ズレと呼吸を整えた。少し落ち着いて、振り返ってみる。
その、ベッドの際に腰を掛け、ほの暗い中静かにタバコをふかせる斜め横顔をじっと見つめた。少し離れて見ると渋くて、恰好よくて、近寄りたくなっても不思議ではないのに、いざ話して触れられると、普通の男の人ではない独特の雰囲気に圧倒されてしまって身動き1つとれない。
「鈴木はここで寝てるのか?」
話題が変わったことに、安心して麻見は起き上がると素直に答えた。
「いえ……、送り迎えはしてくれていますが、その時くらいしか会いません。ここでは寝ていません」
「教え込んでもらえ」
「…………」
まさか、今、葛西が発した言葉と、自分の一瞬の妄想が、鈴木に抱かれる妄想が一致しているはずはない。
おそらく、聞き間違いか、考え違いで……。
「聞こえてるのか?」
「あっ、はいっ、っと。えっと……」
あらぬ妄想を振り払わねば、と頭をクリアにしようと息を吸って、
「あ、はい」
と、返事をしたのにも関わらず、
「鈴木に男の扱い方、教え込んでもらえ」
聞えてきたのは煙に包まれた、今しがた妄想したばかりの裸の鈴木に優しく抱かれて上気している自分の姿、そのものであった。