徹底的にクールな男達
10/1 頭(かしら)の女を女にする(男目線)
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「すみません、ご気分を害されたようで……、今度来られるまでには、それなりに物になるようにしておきます」
鈴木は深く頭を下げてから、スーツを着込んだ葛西を駐車場まで見送ろうと、玄関でスリッパを脱いだ。
無心でリビングのソファで朝まで過ごすつもりでいたのに、頭(かしら)1人が早々と部屋から出てきたと思ったらこれだ。
「全く使い物にならねぇ。教育しとけ」。
一体どんな態度とりやがったんだ、あの女……。
「見送りはいい。今からでもしてやれ」
にしては、葛西は上機嫌で、楽しんでいるようにも見える。
「……、はい……」
あっけなく玄関のドアは閉じられ、葛西は1人で外に出た。
大きく、勢いよく溜息を吐きだす鈴木の肩は、がくんと落ちる。
葛西には15の時から世話になっており、既に11年が経過している。葛西の身の周りの世話役としてこれまで仕えてきたが、これほどまでに面倒な仕事を押し付けられたのは、初めてのことであった。
頭の女を、「女」にする……。
一番理解できないのは、何故頭自身が手をかけないのかということだ。
確かに、いつもは落ち着いた女を相手にするので、タイプでないのは明白だ。つまり、こんな素人のガキに手をつけるなんて調教したいという気まぐれな野心だろうと思っていたが、どうやらそうでもなさそうだ。
腑に落ちないながらも、鈴木はすぐに麻見の部屋をノックする。
「入るぞ」
返事を待たないまま、ドアを開けた。
「……」
呑気にも、パジャマのままソファで寝そべってテレビを見ている様は、確かに色気のかけらもなければ、女としての自覚もない。かろうじて、整った外見のおかげで嫌な気はしないが、男のその気を引くことはできはしまい。
「頭は帰られた」
言いながら後ろ手でドアを閉め、ソファに近づいた。
「そう……ですか」
少々シュンとした様子でとりあえず座り直した麻見は、テレビを見る視線を少し下げ、次にこちらを見た。
「お前、処女か?」
聞きながら、その隣に腰かける。
「えっ!?」
大きく驚いた麻見は、同時に身体を引いた。
「そっそんなわっけ……」
胸元で手を振り、そんなわけない、とジェスチャーする左手首を掴み、ぐいと引っ張る。
「えっ……」
引いていたはずの身体が大きく前のめりになり、すかさず空いた左手を右脇から滑り込ませ、身体を抱きしめた。
「随分お怒りだったぞ」
耳元で囁き、感度を確かめる。
「ツっ……」
えっ、とも、あっ、ともとれない声が、吐息にかき消される。
「処女ならまだしも」
背中に回した左手を腰まで下げ、服の上から優しくなぞりながら、唇を首筋に這わせる。
「女を忘れているようでは仕方ないが」
軽く、甘噛みすると甘い声が漏れた。感触は悪くはない。
「…………」
が、公認といえど、頭の女に手を出していることを思い出すとさすがに気分が萎える。
「……、その顔、頭の前で見せなかったのか?」
とろん、と瞼を下げた瞳も決して悪くはないと感じた鈴木は、麻見の目を見て聞いた。
「わかんない……」
その返答を聞いた瞬間、一気に面倒臭くなる。
何が、「分かんない」だ……。
パッと両手を離し、ソファから立ち上がって麻見を見下ろす。
さざ波のように揺れ始めた女の身体が、ざわめき始めたようではあるが、この時は何故かそんな気分には到底なれなかった。
「それなりに反応できるんなら自分で練習しとけ。今度来られた時には、相手してもらえるように考えとけ」
わけが分からないとでも言いたげな不安な視線を無視して背を向けた。
頭の女を女にする……。
誰か他に任せた方がいいのかもしれない。
舎弟では怖がって無理だろうが、プロでも雇うか……。
自分には、おそらく向いていない。
この女を頭が思うようには、扱えそうにない。