徹底的にクールな男達
10月
10/3 海外ホームステイへの道
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「…………」
麻見 依子は、一切のことを忘れて店長室の資料閲覧テーブルの端にある電光掲示板を見つめていた。
周りの音が聞こえず、過去の事も全て忘れ、ただ未来のみ光が神々しく輝いている。
白地に黒や赤い文字で表示されている掲示板は、その他の事項もいつくか掲載していたが、重要事項、と一番大きく書かれた内容だけが今まさに麻見の目に飛び込んできていた。
「俺、販売士検定受けようかなあ」
後ろの上の方から声が聞え、麻見は一旦現実に戻って掲示板から頭を切り替え、振り返った。
「2級ですか?」
見上げて、福原に聞く。
「うん……、頑張って一緒に行く?」
のどぼとけに見とれていたせいで、目が合うのが一歩遅れた。
「一緒にって……」
麻見は福原の視線をすぐに払って、もう一度掲示板を確認し直した。
『 来年5月初旬、本社の厳正なる選考により社長賞に選ばれた者のみ、海外で2週間ホームステイをしながら他店の海外支店を研修する権利を与える。
対象者は以下の20名に限る。
1販売売上高ランキング上位3名
2指名数ランキング上位3名
3本社選考による優秀管理者上位3名
4店長推薦、本社選考による優秀者上位6名
5本社選抜5名
場所 カナダ
2名ずつに分かれ、2週間にわたる他店の研修(内4日間は休日扱い)。
以後の詳細な連絡は、受賞者のみに連絡を行う。
以上 』
ほとんどの者が4の『本社選考による優秀上位者』にかけるに違いなく、福原もそれを狙ってのことだろうが。
「優秀者って何に対してもいいってことなんでしょうか?」
「だろうね。目立つ優秀者。店長、本社が知るほどっていうと結構知名度とか、色々必要だろうし……すんなりいかないだろうな」
つまり、福原が検定を取得した所で大してどうこうなる話ではないということのようだ。
そういう意味では、3の管理者にあたる店長、副店長、店長代理が人数の割合により、確率的には一番高い。
上位売上者や指名数は大型店ほど有利になるし、中型のこの店で狙うとしたら、いや、凡人みんなが狙うとしたら、4しかない。
「私みたいなレジの一般人じゃ、到底無理ですね……」
言葉にした途端、それが紛れもない、ひっくり返りようもない現実になった気がして1人で滅入る。
「俺みたいな一般の部門長じゃ到底無理って意味?」
福原は少し口角を上げながら、聞いた。
「部門長はちゃんと長ってついてるじゃないですか。私とは全然違う」
「変わらねーよ。販売数、指名数、管理者でもないし、どれもダメ。だとしたら優秀者しかない。一緒だろ?」
「……、そういう点では」
「まず、店長に優秀ってことを知らしめる必要があるわな」
「それが検定合格ですか?」
「いやまあ、それは言ってみただけだけど。でも一級取ったらたしかに頑張ってるかも」
「じゃあ一級狙います?」
「……、ちょっと違うかもしんない」
福原は、顎に手をやり、少し首を傾げた。
確かに、優秀、と検定一級を取得する、というのは少し違うかもしれない。
「優秀……、でも店長に優秀だと思ってもらわないと先に進めないですよ」
「……、その点じゃあ俺、結構不利かも」
後ろを向きながら小声で言ったので聞き取りづらかったが、どうやら福原と武之内店長は仲が良くないようだ。
ただし、実の所、麻見と武之内の仲も良いわけではない。
「……、店長推薦か……」
まずは武之内だ。武之内に優秀だと思ってもらうしかない。
今は現金誤差ゼロを目指せと言われている。だが、それが果たして、ゼロになったところで、私は優秀者になれるのだろうか?
誰よりも優秀だと納得させられる、要素になりえるのだろうか。