徹底的にクールな男達
10/12 教育の成果
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2日後、最上級の夜景が見下ろせるガラス張りのリビングで鈴木に快楽を与えられ続けた麻見は、それでも、葛西に抱かれることに不安を感じていた。
鈴木が、その教育の精度にどこまで満足できているのか計り知れなかったが、今、鈴木に優しく触れられ、明け方まで腕枕でうとうとソファで眠り、夜明けに毛布をかけられながら再び快感によって身体を目覚めさせられると、葛西の事を充分に考えることができなくなった。
ただ、麻見の心が鈴木に寄りながらも、鈴木は完全に仕事を全うしているだけ、という態度がありありと分かる。
仕事の行き帰りの車の中では、麻見の中では手でも繋ぎたいくらいの心持ちであったが、鈴木はというと相変わらず無口で、ただ運転手に徹しているに過ぎない始末で。
端正で、簡素な横顔が、切ない。
そんな思いを胸に抱いたまま、今夜は葛西が待つ自宅に帰り、その鈴木に指示されるがままにシャワーを浴びて自室に入る。
やくざなんか、到底信じられるものではない。
所詮自分は葛西の愛人で、鈴木は葛西の付き人だ。
いつもより重く感じるドアノブを引き、麻見は葛西の元へと自ら、前回とは違うネグリジェに清らかな身を包んだ上で、捧げに進んだ。
「さあて、鈴木のお手並み拝見といこうか」
今日は明るい部屋で、堂々とテレビをつけてソファで足を組んでいたのは、前回と同じ白いバスローブ姿の葛西であった。
部屋中の雰囲気がいつもとガラリと変わり、緊張でうまく足が前に出なくなる。
葛西はこちらをちら、と見るとにやりと笑い、リモコンでテレビを消した。
「こっち来て座れ」
指示通りにただソファに向かって足を動かせ、50センチほど間をとって左隣に腰かける。
「飲めるな?」
氷が入ったグラスに数センチ注がれた茶色のアルコールは、何の種類なのかもさっぱり分からなかったが、高価であることは間違いなさそうだった。
ウィスキーか、バーボンか……、どちらにせよ、全て飲み切ることは無理だろう。
葛西は2つのグラスに少量次ぎ終わり、更にカラリと半分飲み終わるまで、麻見は黙ってその様子を見ていた。
「何だ? 飲めないのか?」
じろりと睨まれて、意を決する。
「いえっっ、頂きます……」
両手で持ち、一口だけ、口に含む。
「…………」
とても、それ以上は飲めそうにない。口と喉の奥にアルコールの匂いがただ広がり、後口悪いことこの上ない。
「鈴木が言うには、教育はまだまだだというが、どうだ?」
麻見はグラスを太腿に置いたまま、
「……、わ……分かりません……」
首を少し傾げて、それだけ返事をする。
「分かりません?」
葛西は左腕をソファの背もたれの上にかけると、ズイと顔を寄せ、麻見の手の中のグラスに触れた。
「分からないってことは、まだまだ教育が足りないと、そういう意味なんだろうな」
「いや……、いえ……」
首をかしげるばかりで、うまく、何をどう伝えればいいのか分からないし、どの答えが合っているのかも分からない。
「鈴木は何をした」
葛西は麻見の手の中のグラスを取ると、自らの口元まで持ち上げた。
「奥まで突っ込んで、ヨガらせてくれたか?」
ぎょっとしたのと同時に、葛西の顔が首元まで近づいているのに気づき、慌てて目を伏せ、同時に顎を思い切り引いた。
「ん?」
若干、イラついたような溜息のような声が聞こえたのと同時に、葛西はグラスをテーブルに置いた。
「えっ」
背中に、葛西の左手が触れるのと同時に右手で顎を持たれ、グイと持ち上げられた。
唇と唇が簡単に合わさり、
「んっ!?」
その隙間から液体が侵入してくる。さっきの酒だ。
「んん……、こら、逃げるな」
とっさに身体を引いたせいで唇と唇の間から酒がぽとぽととこぼれ、更にお互いの顎の辺りまで濡れた。
葛西はそれを真っ白いバスローブの腕で拭いながら、
「全くなってねーなぁ。何してたんだ? 鈴木と」
「…………」
麻見もパジャマの裾で拭いながら、目を逸らす。
「ったく、仕事がたるんでるじゃねーか」
葛西は、それでも明るい口調でそう言いながら立ち上がると、ドアを開けて怒鳴った。
「鈴木ィ!!」
即、「はい」と返事が聞え、バタバタと走ってくる音が聞こえる。
葛西はその間にソファに腰かけ直すと、
「どんな教育したんだ? 何も変わってねーようだが」
鈴木に睨まれた気がして、麻見は顔を伏せた。
「少々……」
「後ろから突っ込んで、覚えさせとけ。あと、口移しの仕方もな。バーボンが零れて白いガウンが台無しだ」
葛西は立ち上がり、部屋から出ようとドアへと向かったが、
「……、お言葉ですが、頭」
鈴木がその足を止めた。
「あ?」
「その……」
「俺がいいって言ってんだよ。お前の言うこと聞かねーようなら、風呂沈めとけ。それまでだったってことだ」
「…………」
「…………」
鈴木にヤられるか、風俗に行くか、という突然の究極の二択に、麻見はただ床を見つめて停止した。
「さあ、俺は帰る。鈴木、服出せ」
既に、バスローブを半分脱ぎながら指示する葛西の背中には、
「……申し訳ありません」
鈴木の苦しそうな謝罪の言葉を睨みつけるような、
「依子は素直だから従うよ」
それでいて、包み込んでがんじがらめにしてしまうような、
「…………、はい」
大きな竜の絵が赤々と描かれていた。
紛れもなく素肌に掘り込まれた竜は、深緑の淵に赤が時々入り、美しくも痛々しい。
その初めて見る背中に目を奪われていた麻見は数秒して、ようやく鈴木の冷ややかな視線が突き刺さっていることに気付くと、すぐに顔を背けた。
舌うちのような、溜息ともとれる声が聞こえ、責任を感じる。
「…………」
葛西が帰ったら、鈴木にされるかもしれない。
そう予感した麻見の中では、既に不安を期待が上回り、明らかな鈴木への想いを自覚していた。