徹底的にクールな男達

10/15 売上高一千万円


 忙しくても集中し、レジを打つ。入金金額と出金金額を何度も、何度も確認する。

 そうしてようやく、現金誤差が減る。

「よし……、今日もなし」

 自信に満ち溢れ、午前の誤差なしの報告書をプリントアウトしている間、すぐ隣のレジで吉沢が

「あー……3円足りない」

 と、言いながら誤差報告書を出力していた。

「依子さんは最近誤差ないですね」

 それでも吉沢は、羨ましそうでもなく、ただの世間話程度の顔をしている。

「うん、たまたまね」

 ここ一週間ほど誤差がなく、しかも、自宅に帰ってからカタログで商品勉強をしている麻見にとって、仕事の精度は順調に上がっていた。

 プライベートでのバタバタもここ数日なく、鈴木は身体を重ねることもなくそのまま京都に出張とかで丁度一週間ほどいないおかげで、集中力が益々増していた。

 共に海外を目指している福原も売上が伸びているし、最近は特に無駄口が少なく、麻見同様カタログを持って帰っている。

 真面目に、目標を持って仕事をするということは、こういうことなのかもしれない。

 麻見はひしひしとそう感じながら、報告書を片付け、午後の休憩へ向かった。

 11月平日の夕方休憩のスタッフルームは実にゆったりしている。3名ほどまばらに腰かけている中、1人、他の2人とは全く違うオーラを放っている人物がいた。

 10畳ほどの部屋に白い長机が5つほど並ぶ中、ちょうど真ん中の窓際端で、コンビニ弁当に箸を入れながらスマートフォンを眺めている姿がある。それを斜め後ろから見ると、実に凛々しく、近寄り難い。

 そう感じながら1つ後ろの机、斜め後ろの席にそろりと麻見は腰かける。同じタイミングで残りの2人が退室し、それを流し見るふりをして、こっそり武之内の横姿を盗み見た。

「わっ」

と、突然目が合い、思わず顔ごと逸らす。

「ちょっと聞きたいんだけど」 

 ほぼ食べ終えた弁当をそのままに、武之内店長は足を組んだままこちらをくるりと振り返ると、無表情で目を合せてきた。

「あ、はい……」

 なんとなく、バツが悪くて目を逸らす。

「この前福原君と2人で言いに来た海外の件だけど」

「あ…………はい」

としか、言いようがない。実際2人で言ったのは間違いない。

「店長推薦の優秀者枠でいくつもりなんだろうけど……」

 視線を感じて、仕方なく目を合せた。冷ややかともいえる、真っ直ぐな奥二重とばっちり絡む。

 が、すぐに下へ逸らした。

「優秀者枠というのはこの会社で何かしら一番になっているような人物が選ばれる。売上、指名以外の何か。……何か、自分で自信があるものある?」

「…………いえ……」

 頭の中で「いえ」が即答できていたが、言葉に出ず反応が遅れた。

「ならそれを作って、目指せばいい」

「………、…………、はい」

「…………」

 武之内はそのまま前を向いてしまう。

 一番を目指す……。福原は何の一番を目指すのだろう、部門長が目指す一番ってどんな一番だろう。だとしたら、レジ担当には何が目指せるのだろう。

 そのことについてもう少し武之内と話をしたかったが、タイミング悪く弁当のカスを捨てに席を立ってしまった。

 そして、部屋を出てしまう。

 レジでいて、一番を目指す。

 レジで、売上一番を目指す……ってどうだろう。

 売上高は店の存続を左右させる絶対的な数字だ。それが、カウンター担当の誰よりも、高い。

 そこで、ハッと思いついて目を見開いた。後藤田の存在。

 7月に借家の話をされてから疎遠になっているが、4月、5月6月でかなりの商品を購入し、総額も相当だったはずだ。

 当時の柳原店長には渋い顔をされ、逆に全く売上を気にしていなかった麻見は実際どれだけの売上高があったのかは分からないが、今になって冷静に考えてみると、後藤田の存在でこの先の自分の将来が左右されるのかもしれない。

 確信するなり開いたパンの袋をそのままに、スタッフルームを出た。そして売り場に戻り、空いたレジで顧客情報を確認する。

 後藤田のフルネームを入れて検索するなり購入履歴がずらりと並び、それらを全てプリントアウトする。出力されたプリントは数枚だが、それでも単価が違っていた。用紙、インクの消耗品から大型テレビまで、3か月分をざっと計算すると一千万を超えていた。およそ、一日の店舗売上予算だったということに今更気付く。

 家の件を断ったことで、今後後藤田の方からこの店に来る確率はかなり低いのかもしれない。

 つまり、こちらからアプローチするしかない。

 相手の電話番号は分かっている。

 サンキューコール……にしては遅すぎるし、不自然すぎる。

「リコール……」

 自然に口に出た。

 この履歴の中にリコール対象商品があれば、ごく自然に電話をかけられる。当然のごとく、しかも、強制的な業務の一環と思わせることができる。

 家の件があるので、もうかけたくはないんだけれども、仕方なく会社の方針でかけました、という態度をとることができる。

 そこまで考えが到達した時には既に、従業員用パソコンのお気に入りからリコール一覧表を表示させ、検索をかけていた。

 もし対象商品があれば、「リコール商品ですので、無料修理を」と促す。もし相手から、家の件について触れてきても、それはそれで詫びておけばいい。

「あった!!」 

 想像以上に早く、購入商品の中からリコール対象商品が見つかる。

 商品はテレビだ。申し分ない。

 麻見は我を忘れて、電話機に手を伸ばした。

 海外への道を左右するのは、絶対に後藤田しかいない。

 そう確信して、コール音が途切れるのを心臓を高鳴らせて待つこと10秒。

「後藤田様、ご無沙汰しております。ホームエレクトロニクスの麻見でございます」

『あぁ、これはこれは。……なんだ? 突然、どんな風の吹き回しだ?』

 相手は微笑し、こちらの手を全て読まれている気がしたが、そんなはずはない。

「と、突然で申し訳ありません。あの、実は以前購入されたテレビですが、どうやらメーカーからリコールの案内が出ているようでありましたので、修理のご案内をと電話を差し上げた次第でございます」

『そういうことは全て秘書に任せているので私は知らないが、知らせておこう。

 ……それにしてもホームエレクトロニクスは実に親切極まりないな。リコールの葉書はとうに届いていた気がしたが、わざわざ電話までかけてこようとは』

「お、恐れ入ります……」

『ついでだから聞くが、新製品の提案でもあるのかな?』

「あっ、もちろんございます。今話題の8K(はちけい)テレビなどいかがでしょう?」

 8Kの大型テレビは一台100万近くする今話題の目玉商品だ。一般庶民の手が届くような軽々しい物ではないが、後藤田ならどうにでもなる額だ。

『……そうか、なら見に行ってみよう』

「あ……、ありがとうございます!」

『そのうち時間を作ろう、また必ず、連絡をする』

< 21 / 88 >

この作品をシェア

pagetop