徹底的にクールな男達


 国際ホテルのレストランスカイ東京でちゃんとした食事をするのは、もちろんこれが初めてである。

 芸能人がよく使うことで有名な有名ホテルでも、ランチビュッフェなら3500円で手が届く範囲だということは知っていたが、それでもなかなか足を伸ばせなかった麻見は本日、何を着ていくのか散々迷った挙句、朝買い出しに行き、調達したばかりの濃紺のワンピースを堂々と着こなすことになんとか成功していた。

 普段、秘書付きの高級車を乗り回し、同じく高級スーツを着用している後藤田とは。身長もおそらく180以上あり、がっしりとした体格にオールバックの黒髪がそれはいかにも『社長』、『成功者』という言葉にぴったりあてはまっていた。

 更に顔はほどよく整っており、切れ長の目で見つめられ、全てを見透かしたような口調で微笑されると、何も抗えなくなってしまいそうで怖い。

 一通りそこまで思い出してから煌びやかなフランス料理店の前で息を吸い、最初の一歩を踏み出す。

見事に洗礼された店内では、名乗るとすぐにピシっと決まったボーイが迷うことなく後藤田の席まで案内してくれた。

「よく来たな」

 既にワインを飲んでいた後藤田は、予想通り微笑を浮かべてこちらを射抜くほどに見つめた。

 麻見は視線を合わせることができず、そのままボーイが引いた椅子に腰かけ、

「見積書です」

と、真っ先に両手で持った封筒を差し出した。対面して腰かけている丸いテーブルは広いが、後藤田が長い腕を伸ばしてくれたお陰でスムーズに行きわたる。

「どれ……」

 ワイングラスを置いた後藤田は、ざっと白い封筒の中を確認すると、すぐに顔を上げた。

「………、100台のうちの1台は自宅に置くつもりだが、どうも設置場所が決まらない。こういうのは素人では決めにくいのかもしれないな」

「…………、今置いている場所と入れ替えというのはどうでしょう」

 相手が何を言いたいのか考える余裕もない麻見は、ただテーブルの中央に飾られている白いバラを見つめて、ありったけのつたない知識を精一杯披露する。

「それでもいいが、やはりそういう知識がある者に見てもらうのが一番良いのかもしれないな」

「……そう……ですかね……」

 小首を傾げながら返事をした。テレビを置く場所を決めるのにプロも素人もない気がする。相手の余裕が、少し怖い。

「この後予定は?」

 まだ、食事に手をつけてもいない段階でのアフター攻撃に、麻見は

「いえっあの……」

「100台全ての設置場所を、と言ってるんじゃない。その内の1台の設置場所の見積もりをしてほしい、このくらいは無料でできるだろう? なんせ本体は一千万もするんだから」

「…………、そう……ですね」

 頭の中では設置見積料を足したり引いたりする伝票の図が即座に浮かんだ。だが、それらは次の一言で全て消え失せた。

「自宅はすぐ側だ。帰りについでに見積してもらおう。納品も急ぐことだし、悪い案ではない」

 目を合せなければいけない気がして、ゆっくりと顔を上げた。

 当然そこにはこちらを見つめ、ほどよく酔いながら気持ちよさそうに微笑する端正な顔がある。

 返事はイエス以外にない。

 なのに麻見は、何の言葉も発することができないほどに後藤田の視線に囚われ、ただそのグラスを傾ける様を見ていた。



「……、随分素直だな……」

 耳元に掛けられた息は生温かく、低く、肌にまとわりついてくる。

「……まるで、期待していたかのようだ……」

 のけぞった首を上から下まで丁寧に這われ、思わず「アッ」と大げさな声が出た。

「抵抗しないということは、こちらもその気にならざるを得ないな……」

 ワンピースのファスナーに手がかかり、音を立てて下げられていく。

 こうなることは見積書を書いた時点で予想していた。つまり、3日も前から後藤田に抱かれる妄想は繰り返され、しかも、そう仕向けたのは自分であった。

 自宅マンションと称する広いリビングにのこのこと入り込んだ麻見は、食事中に飲んだワインもまだ残っているというのに更にバーボンを飲まされ、ソファでされるがままの状態になっていた。

 スーツの上着とベストを脱いだ後藤田はいつもとは全く違う顔で背後から回り込み、背中にキスを降らせてくる。

 頭がぼんやりし、焦点も定まりきらない中、これだけは絶対に聞いておかなければ!!と

「明日、見積もりの分は発注します」。

声は震えたが、しっかりとした事務的な口調で言い切った。

 一旦後藤田の手と口が止まる。

「悪いが、そういうことなら他を当たってくれ」

「えっ!?」

 出してはいけない一言だと分かっていたが、咄嗟で口を閉じることができなかった。

 後藤田はさらりと麻見の身体から手を引き、少し離れてソファに掛け直す。

 まるで何事もなかったかのようにタバコをくわえて火をつけ、最初の一息を吐くまで、麻見はその横顔をじっと見つめていた。

「身体を預けて、一千万の売上を上げるつもりだったか」

「とんでもございません!!」

 麻見は愚かな策略など何もなかったことにする為に、声を張り上げた。

「随分となめられたもんだ。たかが一夜限りの身体の関係で一千万を取るつもりだったか?」

 「違います、愛人関係を……」というセリフもあるにはあったが、それを自らの口から出したが最後、関係を切ることができなくなる。

「…………」

 麻見は様々な思いを巡らせながら、苦い唾を飲んでただ黙った。

「……、見積もりは確かに受け取った。結果は後日、秘書から連絡させる。

 ……、さぁ、ハイヤーを呼ぼう。悪いが、今日は気分が乗らない」

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