徹底的にクールな男達
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そのまま、誰にも何も気付かれないまま夕方が過ぎ、定時の退社時刻6時が近づいた頃、プラス千円の誤差が発覚した。
3時過ぎにもう二度と誤差を出さないと決意していたのに、重い瞼のせいで若干ぼんやりしていたためか、この様だ。
今更後悔して、悔やんでももう遅い。事態は、千円を渡し忘れたか、多めに貰ったかのいづれかを追究するところまできてしまっている。
だが、札の誤差はその為に設置しているわけではない防犯カメラでは確認することが非常に難しく追究は困難だ。
従って、麻見が打ったレジで、つまり麻見が千円数え間違えたという事実だけが残り、報告書としてまとめ上げられてしまう。
1円でも誤差は誤差だがしかし、千円ともなるとさすがに溜息が大きくなる。
とりあえず事実をプリントアウトし、10時閉店まで勤務のカウンターリーダーに報告しようとした時、武之内が目の前を横切った。
雰囲気からして、客を対応している風ではない。
それならば、声を掛けて、一言報告するべきだ。謝罪の言葉と一緒に。
そうするべきだと分かっているのに、
「…………」
実際は足が前に出ないまま。
口も少し開いただけで。
武之内はこちらに気付くこともなかった。
課せられた業務を全うに遂行できなかったことを詫びるのが常識の範囲内だと分かっているのに、横顔から後姿になっていく武之内の端正な無表情をただぼんやりと見ることしかできない。
数秒、顔を伏せて考えた。
だけど、今更追いかけて報告することなど、余計やりにくい。
仕方なく、麻見はそのままタイムレコーダーを押して退社した。
時刻は午後6時を過ぎており、清算作業もきちんとしたし問題はない。
ただやはり、武之内に報告し詫びることが必要だったのではないかと心に残りながら、従業員用通用口から退社する。
今からの総伍との食事でも謝らなければならないことが見えていて、仕事が終わったといえど、まだ先は長い。
「あ、もう来てたんだ」
廊下を歩きながら顔を上げるなり、出入り口に立っている総伍と目が合った。慌てて、二歩だけ小走りしてガラス戸から出た。
「定時で上がるだろうなと思って」
総伍は無表情で答えた。
「まあ、残業っていうのは会社の資産を食いつぶすことだからね」
冗談で笑って言ったのに、総伍は無視して
「バイクそこ」
と、入口のすぐ側を指さす。
「あぁ……あ」
何気なく通用口の入口の向こう、建物の中に目をやると、なんとバインダーを手に持った武之内がこちらに歩いてきているのが見えた。
麻見は、無心でもう一度ドアを潜り抜け、走ってその足先に立つ。
「あのっ!!」
誤差の千円が……。
「あちらは、お客様?」
到底総悟には聞こえない距離を保ちながらも、武之内は丁寧に麻見に問いかけた。
「あっ、はい……」
「ここは従業員用の通用口だから、表をお使い頂くように」
「あっ……すみません」
「…………」
そう言われればそうだ。ここで待ち合わせすることによって、他の客の目に留まるとあまりよくない。
武内は言うだけ言うと、そのまま麻見を追い越し、通用口から外に出てしまう。
そして総伍に軽く会釈をして、外へ出て行った。既に外は薄暗いので、おそらく駐車場の街灯の点検だろう。
謝ろうとしたのに、また余計に注意されてしまったことへのやりきれない気持ちから、大きく溜息を吐く。
「どうした?」
顔を顰めた総伍が肩を下ろした麻見に話しかけるが、こちらはもうそんなことに一々答える気力などなく、
「何食べに行こうか……」
と、現実逃避に走ってしまう。
「でも……バイクで来たんだ……」
「金ねーから車ねーんだよ」
お金がないというのは嘘に決まっているが、総伍が車を持っていないというのは事実だ。
車一台分の枠いっぱい使って停車していたハーレーダビッドソンは、この10月というそこそこ寒さを感じ始めた時期に、しかも制服のスカートを履いて乗り回せるような代物ではない。
「着替えなきゃ乗れないよ」
「近くで食事すればいいよ。着替えるの面倒くせぇし」
「近くってどこ……まいいや、とりあえず乗ってみるから」
仕方なくハーレーに手をかけるが、もちろん1人で脚を上げられるほど慣れてはいないので、総伍の手を借りて跨った。触れたその手は皮手袋をしており、何の温かさも感じられない。
「はあ……そっちから見たら完全にスカートの中見えるじゃん。脚もかなり出てるし」
ハーレーの後ろに乗せてもらったことは何度もあるが、溜息を吐いたのは初めてかもしれない。
総伍の隣にいて、これほどまでに気が滅入っていたのは初めてだった。
「なーんか食事どころじゃなさそう」
彼も気付いて言いながらも、既にキックを開始しようとしている。
「今日会社でミスしてさ……、まあなんか、最近そんなことの繰り返しなんだけどねー」
言うなり、
「で、旅行に行く気にもなれなかった、と」
そう言われるのは目に見えていた。なので、エンジンがかかってしまって周りがうるさくなる前に用意していた一言を素早く出す。
「私、今一緒に住んでる人がいてね」
「はあ!?!?」
総伍は大声を出すなり後ろを振り返った。そのままエンジンはかかることなく、薄暗い空気を射るように、ただ総悟の澄んだ目だけがきつく光っていた。
「……はあ!?!?」
睨むような視線を感じて、ただ黙って俯く。
「何で!? いつから!? 誰とだよ!!」
ったって……。
「何? お前、そんで俺の後ろ乗ってんの?」
声が冷ややかになり、慌てて、
「色々あったんだってば。別に好きじゃないけど一緒に暮らしてるの」
「はぁ!?……、好きじゃないって何だよ。無理矢理一緒に住まわされてるのかよ?」
「まあ……そんな感じ」
「そんな感じって……。
……、なんだよ。言いづれー事かよ」
「じゃないんだけどね。あの……たまたま一か月くらい前に事故してさ。相手がやくざで」
「…………」
絶句した総伍の息だけが伝わってくる。
「まあ、そんな感じ」
「何? 弱み握られてんの? 脅されて……」
「まあ、そんな感じ。でもまあ、実際修理費払えないしね」
「対物無制限入ってなかったのかよ!?」
「入ってたけど、制限50万までで、結局六千万も払えなくて」
「ろ……え? 」
見なくても驚いた顔がちゃんと思い浮かぶ。
「プレミア物のフェラーリでね、もう修理ができないんだって。部品がないから。だからって新品買えないし」
「それ、何で警察行かねーんだよ」
冷ややかな声と視線が痛い。
「その時は怖くてそんなこと、分からなくて。でも、今住んでるとこ、中央区の高級マンションなんだよ? そこで別に何されるわけでもないし。ただ付き人の人と住んでるだけで。送り迎えしてくれるし」
「何されるわけでもって、愛人なんだろ、要するに」
麻見自身を全否定するかのように、言葉はいとも簡単に吐き捨てられていく。
「話し相手になってくれって言われたけど、でも結局はずっと出張ばかりでいないし。私とその付き人の人が住んでるだけで……」
「ヤバいだろ、それ……」
声が遠くなった気がして、やっと総伍の方を見た。鋭い視線は遠くに流れ、こちらを見てはいない。
「ヤバい、かな……でも別に……」
「何やってんだよ!!」
突然腕を掴まれ、目を見て大声で怒鳴られた。
「それ、ただの飼い殺しじゃねーか!! お前しっかりしろよ!! 仕事が忙しいんだと思ってたらそんなのに掴まってたのかよ!」
「いや、それとこれとは……」
全然違うんだけど……。
「俺が話つけてやろーか」
「…………、総ちゃんが出てったら……」
お金があるって思われて、余計ややこしい気がする。
「何だよ、別に好きでもなんでもねーんだろ? そんなやくざなんか絶対やめといた方がいい、よく考えろよお前も!!」
「考えて、るんだけど……。だから、私も嫌なら話し直そうと思ったんだけど、今はただそこで暮らしてるだけだから」
「……ずっとそのままでいいのかよ?」
「よくはないけど、まあ、仕方ないというか。それに今は、仕事で大事な時だし」
「仕事は関係なくね?」
「ないけど……」
「……いや、絶対どうにかした方がいい」
「…………、でも、できないし」
「警察に届けりゃいいだろ」
「いいよ別に、ぶつけたの私なんだし」
「何がいいんだよ。結局当てられたのをいいことに、監禁されてんじゃねーか!」
「いやだって……」
監禁という、聞き慣れない言葉が出て急に怖くなる。だけど、そんな雰囲気じゃないことは自分が一番よく分かっている。
「いやだって、監禁ってほどじゃ……」
「送り迎えついてんだろ? 今日もかよ? 」
総伍は目を凝らして薄暗い駐車場を見渡した。
「今は出張中で誰もいない。だから」
「何で逃げねーんだよ? 」
それも、そうなんだけど……。
「そんな悪く……」
「お前しっかりしろよ? 」
今度は肩を掴まれ、強く揺すられた。
「してるよ……手、痛いから離して」
「離さねえよ」
何でなの、とようやく顔を上げて、仕方なく目を見た。
「マンション買い与えられて、いい気分になってるみてぇだけど、実際はやくざの愛人なんだよ。今は何もされなくったって、気付いたらどこに捨てられてるか……」
「そんなことないからいいの!……もう、降りる」
堂々巡りの会話で何も言い返せない自分に逆切れした麻見は、身体を捩じって自力でバイクから降り始めた。
スカートでは、脚から開かず降りづらいのが分かっていながらも、もう総伍は手伝おうともしない。
「………………、そいつのこと、好きなわけ?」
低い声が辺りに響いた気がした。
「…………」
麻見はそれには答えず、ただバイクから降り切る。
「なあ、そいつのこと、好きなわけ?」
脚が地面に着き、ようやく前を向いたところで総伍を見上げた。その表情は、怒りを通り越して悲しそうでもあった。
だからって、ここで嘘を言う気にはなれない。
「……、分かんない」
「…………やくざなんか好きになってどーすんだよ?」
それでも引き下がらない総伍に、麻見はもうどうでもいいやとあからさまに溜息を吐き、
「総ちゃんには関係ないからほっといて」
言うなり一歩踏み出した。とりあえず、歩いて自宅アパートに帰ろうと方向を切り替える。
「…………お前……」
後ろで声が聞こえた、それでも知らんふりしたまま、前へと進む。
「お前、頭冷やして考え直せよ!!」
そのまま、誰にも何も気付かれないまま夕方が過ぎ、定時の退社時刻6時が近づいた頃、プラス千円の誤差が発覚した。
3時過ぎにもう二度と誤差を出さないと決意していたのに、重い瞼のせいで若干ぼんやりしていたためか、この様だ。
今更後悔して、悔やんでももう遅い。事態は、千円を渡し忘れたか、多めに貰ったかのいづれかを追究するところまできてしまっている。
だが、札の誤差はその為に設置しているわけではない防犯カメラでは確認することが非常に難しく追究は困難だ。
従って、麻見が打ったレジで、つまり麻見が千円数え間違えたという事実だけが残り、報告書としてまとめ上げられてしまう。
1円でも誤差は誤差だがしかし、千円ともなるとさすがに溜息が大きくなる。
とりあえず事実をプリントアウトし、10時閉店まで勤務のカウンターリーダーに報告しようとした時、武之内が目の前を横切った。
雰囲気からして、客を対応している風ではない。
それならば、声を掛けて、一言報告するべきだ。謝罪の言葉と一緒に。
そうするべきだと分かっているのに、
「…………」
実際は足が前に出ないまま。
口も少し開いただけで。
武之内はこちらに気付くこともなかった。
課せられた業務を全うに遂行できなかったことを詫びるのが常識の範囲内だと分かっているのに、横顔から後姿になっていく武之内の端正な無表情をただぼんやりと見ることしかできない。
数秒、顔を伏せて考えた。
だけど、今更追いかけて報告することなど、余計やりにくい。
仕方なく、麻見はそのままタイムレコーダーを押して退社した。
時刻は午後6時を過ぎており、清算作業もきちんとしたし問題はない。
ただやはり、武之内に報告し詫びることが必要だったのではないかと心に残りながら、従業員用通用口から退社する。
今からの総伍との食事でも謝らなければならないことが見えていて、仕事が終わったといえど、まだ先は長い。
「あ、もう来てたんだ」
廊下を歩きながら顔を上げるなり、出入り口に立っている総伍と目が合った。慌てて、二歩だけ小走りしてガラス戸から出た。
「定時で上がるだろうなと思って」
総伍は無表情で答えた。
「まあ、残業っていうのは会社の資産を食いつぶすことだからね」
冗談で笑って言ったのに、総伍は無視して
「バイクそこ」
と、入口のすぐ側を指さす。
「あぁ……あ」
何気なく通用口の入口の向こう、建物の中に目をやると、なんとバインダーを手に持った武之内がこちらに歩いてきているのが見えた。
麻見は、無心でもう一度ドアを潜り抜け、走ってその足先に立つ。
「あのっ!!」
誤差の千円が……。
「あちらは、お客様?」
到底総悟には聞こえない距離を保ちながらも、武之内は丁寧に麻見に問いかけた。
「あっ、はい……」
「ここは従業員用の通用口だから、表をお使い頂くように」
「あっ……すみません」
「…………」
そう言われればそうだ。ここで待ち合わせすることによって、他の客の目に留まるとあまりよくない。
武内は言うだけ言うと、そのまま麻見を追い越し、通用口から外に出てしまう。
そして総伍に軽く会釈をして、外へ出て行った。既に外は薄暗いので、おそらく駐車場の街灯の点検だろう。
謝ろうとしたのに、また余計に注意されてしまったことへのやりきれない気持ちから、大きく溜息を吐く。
「どうした?」
顔を顰めた総伍が肩を下ろした麻見に話しかけるが、こちらはもうそんなことに一々答える気力などなく、
「何食べに行こうか……」
と、現実逃避に走ってしまう。
「でも……バイクで来たんだ……」
「金ねーから車ねーんだよ」
お金がないというのは嘘に決まっているが、総伍が車を持っていないというのは事実だ。
車一台分の枠いっぱい使って停車していたハーレーダビッドソンは、この10月というそこそこ寒さを感じ始めた時期に、しかも制服のスカートを履いて乗り回せるような代物ではない。
「着替えなきゃ乗れないよ」
「近くで食事すればいいよ。着替えるの面倒くせぇし」
「近くってどこ……まいいや、とりあえず乗ってみるから」
仕方なくハーレーに手をかけるが、もちろん1人で脚を上げられるほど慣れてはいないので、総伍の手を借りて跨った。触れたその手は皮手袋をしており、何の温かさも感じられない。
「はあ……そっちから見たら完全にスカートの中見えるじゃん。脚もかなり出てるし」
ハーレーの後ろに乗せてもらったことは何度もあるが、溜息を吐いたのは初めてかもしれない。
総伍の隣にいて、これほどまでに気が滅入っていたのは初めてだった。
「なーんか食事どころじゃなさそう」
彼も気付いて言いながらも、既にキックを開始しようとしている。
「今日会社でミスしてさ……、まあなんか、最近そんなことの繰り返しなんだけどねー」
言うなり、
「で、旅行に行く気にもなれなかった、と」
そう言われるのは目に見えていた。なので、エンジンがかかってしまって周りがうるさくなる前に用意していた一言を素早く出す。
「私、今一緒に住んでる人がいてね」
「はあ!?!?」
総伍は大声を出すなり後ろを振り返った。そのままエンジンはかかることなく、薄暗い空気を射るように、ただ総悟の澄んだ目だけがきつく光っていた。
「……はあ!?!?」
睨むような視線を感じて、ただ黙って俯く。
「何で!? いつから!? 誰とだよ!!」
ったって……。
「何? お前、そんで俺の後ろ乗ってんの?」
声が冷ややかになり、慌てて、
「色々あったんだってば。別に好きじゃないけど一緒に暮らしてるの」
「はぁ!?……、好きじゃないって何だよ。無理矢理一緒に住まわされてるのかよ?」
「まあ……そんな感じ」
「そんな感じって……。
……、なんだよ。言いづれー事かよ」
「じゃないんだけどね。あの……たまたま一か月くらい前に事故してさ。相手がやくざで」
「…………」
絶句した総伍の息だけが伝わってくる。
「まあ、そんな感じ」
「何? 弱み握られてんの? 脅されて……」
「まあ、そんな感じ。でもまあ、実際修理費払えないしね」
「対物無制限入ってなかったのかよ!?」
「入ってたけど、制限50万までで、結局六千万も払えなくて」
「ろ……え? 」
見なくても驚いた顔がちゃんと思い浮かぶ。
「プレミア物のフェラーリでね、もう修理ができないんだって。部品がないから。だからって新品買えないし」
「それ、何で警察行かねーんだよ」
冷ややかな声と視線が痛い。
「その時は怖くてそんなこと、分からなくて。でも、今住んでるとこ、中央区の高級マンションなんだよ? そこで別に何されるわけでもないし。ただ付き人の人と住んでるだけで。送り迎えしてくれるし」
「何されるわけでもって、愛人なんだろ、要するに」
麻見自身を全否定するかのように、言葉はいとも簡単に吐き捨てられていく。
「話し相手になってくれって言われたけど、でも結局はずっと出張ばかりでいないし。私とその付き人の人が住んでるだけで……」
「ヤバいだろ、それ……」
声が遠くなった気がして、やっと総伍の方を見た。鋭い視線は遠くに流れ、こちらを見てはいない。
「ヤバい、かな……でも別に……」
「何やってんだよ!!」
突然腕を掴まれ、目を見て大声で怒鳴られた。
「それ、ただの飼い殺しじゃねーか!! お前しっかりしろよ!! 仕事が忙しいんだと思ってたらそんなのに掴まってたのかよ!」
「いや、それとこれとは……」
全然違うんだけど……。
「俺が話つけてやろーか」
「…………、総ちゃんが出てったら……」
お金があるって思われて、余計ややこしい気がする。
「何だよ、別に好きでもなんでもねーんだろ? そんなやくざなんか絶対やめといた方がいい、よく考えろよお前も!!」
「考えて、るんだけど……。だから、私も嫌なら話し直そうと思ったんだけど、今はただそこで暮らしてるだけだから」
「……ずっとそのままでいいのかよ?」
「よくはないけど、まあ、仕方ないというか。それに今は、仕事で大事な時だし」
「仕事は関係なくね?」
「ないけど……」
「……いや、絶対どうにかした方がいい」
「…………、でも、できないし」
「警察に届けりゃいいだろ」
「いいよ別に、ぶつけたの私なんだし」
「何がいいんだよ。結局当てられたのをいいことに、監禁されてんじゃねーか!」
「いやだって……」
監禁という、聞き慣れない言葉が出て急に怖くなる。だけど、そんな雰囲気じゃないことは自分が一番よく分かっている。
「いやだって、監禁ってほどじゃ……」
「送り迎えついてんだろ? 今日もかよ? 」
総伍は目を凝らして薄暗い駐車場を見渡した。
「今は出張中で誰もいない。だから」
「何で逃げねーんだよ? 」
それも、そうなんだけど……。
「そんな悪く……」
「お前しっかりしろよ? 」
今度は肩を掴まれ、強く揺すられた。
「してるよ……手、痛いから離して」
「離さねえよ」
何でなの、とようやく顔を上げて、仕方なく目を見た。
「マンション買い与えられて、いい気分になってるみてぇだけど、実際はやくざの愛人なんだよ。今は何もされなくったって、気付いたらどこに捨てられてるか……」
「そんなことないからいいの!……もう、降りる」
堂々巡りの会話で何も言い返せない自分に逆切れした麻見は、身体を捩じって自力でバイクから降り始めた。
スカートでは、脚から開かず降りづらいのが分かっていながらも、もう総伍は手伝おうともしない。
「………………、そいつのこと、好きなわけ?」
低い声が辺りに響いた気がした。
「…………」
麻見はそれには答えず、ただバイクから降り切る。
「なあ、そいつのこと、好きなわけ?」
脚が地面に着き、ようやく前を向いたところで総伍を見上げた。その表情は、怒りを通り越して悲しそうでもあった。
だからって、ここで嘘を言う気にはなれない。
「……、分かんない」
「…………やくざなんか好きになってどーすんだよ?」
それでも引き下がらない総伍に、麻見はもうどうでもいいやとあからさまに溜息を吐き、
「総ちゃんには関係ないからほっといて」
言うなり一歩踏み出した。とりあえず、歩いて自宅アパートに帰ろうと方向を切り替える。
「…………お前……」
後ろで声が聞こえた、それでも知らんふりしたまま、前へと進む。
「お前、頭冷やして考え直せよ!!」