徹底的にクールな男達
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総伍を振り切って自宅アパートまで歩いて帰ったものの、何が用意されているわけでもなく、とりあえず何も入っているはずがない冷蔵庫を一度開けてから、ソファに腰かけた。
溜息は深い。
吐いても吐いても心のつかえが取れるわけではない。
総伍にあんな口をきいたのは初めてだ。
どちらかといえば総伍の愚痴につき合わされることが多く、その度に宥めて来た。
それが今回は、旅行のことを詫びるチャンスもなく、逆ギレして1人さっさと帰って来てしまった。
ピリリリリ……、すぐに携帯が鳴る。見なくても分かる、総伍からの着信だ。
だけど、今話したい相手は総伍ではない。
今、私が本当に話したい相手は他にいる。
総伍からの着信が鳴り止むのを待ち、急いで電話帳のス行から名前を引っ張り出した。
何かの時のためにと登録しておいた番号をまさか、こんな風に使うことがあるなんてと、自分でも少し興奮しながら発信ボタンを押し、コール音を待つ。出なかったらどうしよう、掛け直してくれなかったらどうしよう、発信中にそれだけ考えたが、
『もしもし? どうした?』
一度もコールすることなく、鈴木は電話に出た。
おそらく、メールかゲームをしていてたまたま電話がかかってきたのだろうとは思う。
「……いや……」
だけどまさか、こんなにすぐに繋がると予想していなかったせいで、声が出ない。
『どうした? 何かあったか?』
鈴木の声は明らかに心配している風であり、何かあればこの携帯に、と教えてもらっていた電話番号だけに「何も……」とは言いづらいが。
「……何かあったわけじゃないんだけど」
言うなり溜息が聞こえた。
『…………、飯は食ってるか?』
「うん」
即答できる質問だけに安心して答えた。
『仕事は行ってるか?』
「うん」
『タクシーで?』
「ううん、バスで」
『タクシーにしとけ。金がないか?』
「あるけど……もったいないし」
『後で小遣いやるから、タクシーにしとけ。分かったな』
「…………、うん」
小遣いって……本当にくれるのかな。
『今どこだ? まだ仕事か?』
「ううん、今日は6時上がりで……。今は家に……アパートの方に来てる」
『前の?』
「うん」
『荷物を取りに?』
「……うん」
『早く家に帰れ。遅くなると危ない。そっちも明日は冷えるぞ。体調管理はちゃんとしとけ』
「あ、うん……」
『2、3日したら頭(かしら)が先に帰る予定だ。マンションにすぐ行くだろうから、一応準備だけはしとけ』
「じ、じゅんびって、何の?」
頭の中では裸体にバスタオルを巻いて、三つ指立てる図しか思い浮かばなかったが、
『逃げないよう、心の準備だ』
妄想とあまり変わらなかったようだ。
「なんか…………、」
声を聞いているだけで言いたいことが湧き上がってきたが、言っても良いものかどうか、迷う。
『何だ?』
「ううん、なんでもない」
『……、どうした? 何の用があってかけてきた?』
「用ってほどのことじゃないけど……いつ帰ってくるのかなあ、とか」
『予定通り、一週間だ』
「そ……だね……」
『何か心配事か?』
「あの……私……」
『うん』
声は低く、冷たい。だけど、聞いてくれようとしている心が伝わってくる気がする。
「いつまでマンションにいるんだろう?」
自問のように問うた。
『……さあな、頭(かしら)が飽きるまでだ』
「でも、まだまだだよね……何もされてないし」
『さあ……。別に、たまに自宅のそのアパートの方に帰りたいんなら帰ればいい。できる限り送り迎えはするが、窮屈に感じない程度の方がいい』
「…………」
『もういいか?』
「…………」
言葉がなかなか出なかったが、言わないとそのまま切られそうで怖くて、
「でもなんか、1人で寝づらくって」
思い切って言った。
だってそれはつまり、鈴木が出張に行く前日までは数日、鈴木と一緒に寝ていたからという紛れもない事実の上に成り立った一言だから。
実際は鈴木がどうとるかは、鈴木任せというわけであって、まともに返してくるはずはない。
『…………、頭(かしら)に伝えておく。じゃあな』
それでも、意図していることに完全に気付いてとぼけたのがありありと分かった。それが、間を置いたたった数秒で伝わった。