徹底的にクールな男達
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ピンポーンと、ありきたりな高い音が鳴り響く。
次いで、ガタガタと室内が騒がしくなる中、相田 総伍は初めて押したインターフォンのボタンを見つめながら、過去を振り返っていた。
このアパートの前で待ち合わせをしたことは何度もあり、愛車ハーレーのケツに乗せて市内を走ったことは何度もある。
バイクは寒いだとか、暑いだとか毎回言うし、後ろで妙にバランスを取るので落としそうになって怖い思いをしたこともあるが、それでも、ぎゅっと腰を掴まれる感触がたまらなくてやめられなかった。
もともとは俺自身もバイクなんて面倒そうで、それこそ、暑くて寒くて興味もなかったが、ふとアメリカの友達が彼女をケツに乗せていたことを思い出し、思い切って車から買い換えたのだった。
そんなことを考えている間に、ドアが内側から開く。
「やっぱ、ちゃんと言っといた方がいいと思って」
目を見てしっかり言ってやった。先ほどの様子から考えると、拗ねて怒って閉めだされる覚悟もしていたが、
「うん、上がって。片付いてないけど」
依子は予想外に清々しい表情をしている。
もしかして、気持ちが通じたのだろうか?
軽く安堵しながら小ぢんまりした脚のない2人掛け用のソファに、とりあえず並んで座った。確かに雑然としていて片付いてはいなかったが、それと同時に生活感もあまり感じられなかった。先程のマンションの話しに現実味がおびてくる。
「ごめんね、何もなくて」
さっきとはまるで別人のようで、しかもいつもより優しい。
「いや、さっきのやくざの話が気になって……」
そうとしか考えられないと相手も思っているだろうが、あえて前を向いて説明をした。
「そっか……」
神妙な顔つきで相槌を打っているとばかり思っていたのにふと見ると、何故か少し微笑んでいて、
「そっかじゃねーよ! 分かってるのかよ、事の大きさが!」
あまり大きな声を出したくはなかったが、弾みで出てしまう。
「愛人なんてなあ……!」
「そうじゃないの」
「…………」
きちんと、目を見てくれる。
ようやく、話を聞く気になったか?
「違うの。私は、付き人の人と一緒に暮らしてて……その…………」
「はあ?」
話が呑み込めず、ただ伏せた長い睫を見つめた。
「その……なんというか、自分でもよく分からないけど」
「何? そいつのことが好きなわけ?」
「好きじゃないかもしれない。けど、すごく優しいし」
「やくざの優しさなんて、お前を騙すために決まってんだろ!」
「だってその人が私を騙す必要なんてないんだもん!」
「もうお前、頼むよ。何言ってんだよさっきから! そんな、……何が優しいだ……」
「なんだか、他の人と全然違ってて……」
「俺だって他の人と違うだろうが」
「まあ、そうかもしれないけど」
「そうだよ! 皆他の人と違うに決まってんだろーが! 優しさなんてなあ、そんなもん、やくざの優しさなんてうわべだけに決まってんだろ! そのうちお前、掌返したように捨てられるんだよ、そんなもんなんだよ! だから世間から見放されてんだろーが、やくざなんて。怖がられてるんだろうが。お前だって普通にそうだったろ」
「あの人は別に、優しいけど、それが素だから、そういう優しさなの」
「…………、冷静になれ」
「それは総ちゃんの方だよ。冷静になって。私、別に何もされてないし、嫌じゃない」
「そう思い込まされてんだよ。嫌なことされてからじゃ遅いんだよ! される時にはもう断れねーとこまできてるんだよ!」
「それは、私の考えじゃない、総ちゃんの一方的な偏見。私の考えとは違う。私は直接接してそう感じてるの。いいの、これで。これがいい。今日ももうマンションに帰るし」
「行かせない」
睨んで言った。
「……でも私は、一旦会社に行って用事して、それからご飯食べて……」
「どこにも行かせねーから」
思い切り腕を伸ばして抱きしめた。
すんなりと身体は手に入り、柔らかで甘い良い匂いが全身を駆け巡る。
「どっ、し……」
「別に知ってたろ。俺が……好きなの」
狭い室内で、何の音も聞こえない空間に、自分の声だけが響く。
「え……、す……?」
今、物にしなければと、急いて唇を近づける。
「えっ!?」
依子は慌てて大きく身体を引き、腕から外れた。
「ち、ちょっと、ち、…………」
戸惑いながらも目を見てきたので、強引にもう一度身体を引き寄せた。
「えっ!? なっ、何!?」
分からないはずはないのに。
腕から離れようと、力加減をみながら身体を捩じってくる。
「好きなんだよ。…………、知らなかったとは言わせない」
左手で後頭部を押さえ込み、自らの胸に押し付けた。
「…………、知らないよ……」
消え入りそうな声で抵抗してくる。
「鈍感なんだよ、鈍いんだよ。それは俺が一番よく分かってるから。だから、心配なんだよ。お前が言うことなんて的を得てるはずがねーだろ」
「そんなことないよ!!」
当然のごとく声を荒げるが、
「こんな近くにいて何度も、何年も会ってる俺の気持ちにすら気づかねーのに、会ってばかりの他人の気持ちなんて読めるはずがねーだろ」
「……………、でも」
「でもも、なんでもねーんだよ。とにかくやくざはやめとけ。それ以外何も言わねーから」
「…………」
身体を離されそうになって、思い切り腕に力を込めた。
「……痛い」
「俺の言うことが分かるまでは離さない」
「…………、あのね。私ね、今、すごくいい感じなの」
「やくざにそう思わされてんだよ」
「そうじゃない。全体的に、いい感じなの。それを失いたくないの」
「だから?」
離してたまるか!とより力を込める。
「ち、ちょっと腕だけ緩めてくれる? ちゃんと話しするから。痛くて……」
「…………、うん」
俺は素直に腕を緩めて、背中をさすった。
「私さっきすごく怒ってたじゃん? しかも拗ねてて。話なんて聞かずに1人で帰って。でも、すぐに電話したの、その人に。その人に電話したくなったの」
「……俺が電話かけてたのに……」
「うんそうなの……。
でもね、その人と別に、他愛ない話しかしてないの。ご飯食べてるか、とか、今日は何時上がりだとか、でもね、それだけで私、総ちゃんにちゃんと話をしなきゃと思ったし、仕事でミスしたことも謝りに行かなきゃと思ったの。
なんだか分からないけど、ちゃんと前を見て、素直になろうと思ったの」
「……タイミングの問題だよ」
「そうかもしれない。もしかしたら、誰でも良かったのかもしれない。でも私は、今声を聞いてすごく落ち着いたの。
それが事実」
依子は、俺の胸を手で押しのけて離れようとする。
俺は、負けじと力を込めて、再びかき抱こうとしたが……
「ごめん、今は邪魔しないで」
再び離れ始めた身体を、一瞬離してしまったせいで、もう追いかける気力が出て来なくて。
「いつもありがとう。でも私は、その人のことを信じてるから」
ピンポーンと、ありきたりな高い音が鳴り響く。
次いで、ガタガタと室内が騒がしくなる中、相田 総伍は初めて押したインターフォンのボタンを見つめながら、過去を振り返っていた。
このアパートの前で待ち合わせをしたことは何度もあり、愛車ハーレーのケツに乗せて市内を走ったことは何度もある。
バイクは寒いだとか、暑いだとか毎回言うし、後ろで妙にバランスを取るので落としそうになって怖い思いをしたこともあるが、それでも、ぎゅっと腰を掴まれる感触がたまらなくてやめられなかった。
もともとは俺自身もバイクなんて面倒そうで、それこそ、暑くて寒くて興味もなかったが、ふとアメリカの友達が彼女をケツに乗せていたことを思い出し、思い切って車から買い換えたのだった。
そんなことを考えている間に、ドアが内側から開く。
「やっぱ、ちゃんと言っといた方がいいと思って」
目を見てしっかり言ってやった。先ほどの様子から考えると、拗ねて怒って閉めだされる覚悟もしていたが、
「うん、上がって。片付いてないけど」
依子は予想外に清々しい表情をしている。
もしかして、気持ちが通じたのだろうか?
軽く安堵しながら小ぢんまりした脚のない2人掛け用のソファに、とりあえず並んで座った。確かに雑然としていて片付いてはいなかったが、それと同時に生活感もあまり感じられなかった。先程のマンションの話しに現実味がおびてくる。
「ごめんね、何もなくて」
さっきとはまるで別人のようで、しかもいつもより優しい。
「いや、さっきのやくざの話が気になって……」
そうとしか考えられないと相手も思っているだろうが、あえて前を向いて説明をした。
「そっか……」
神妙な顔つきで相槌を打っているとばかり思っていたのにふと見ると、何故か少し微笑んでいて、
「そっかじゃねーよ! 分かってるのかよ、事の大きさが!」
あまり大きな声を出したくはなかったが、弾みで出てしまう。
「愛人なんてなあ……!」
「そうじゃないの」
「…………」
きちんと、目を見てくれる。
ようやく、話を聞く気になったか?
「違うの。私は、付き人の人と一緒に暮らしてて……その…………」
「はあ?」
話が呑み込めず、ただ伏せた長い睫を見つめた。
「その……なんというか、自分でもよく分からないけど」
「何? そいつのことが好きなわけ?」
「好きじゃないかもしれない。けど、すごく優しいし」
「やくざの優しさなんて、お前を騙すために決まってんだろ!」
「だってその人が私を騙す必要なんてないんだもん!」
「もうお前、頼むよ。何言ってんだよさっきから! そんな、……何が優しいだ……」
「なんだか、他の人と全然違ってて……」
「俺だって他の人と違うだろうが」
「まあ、そうかもしれないけど」
「そうだよ! 皆他の人と違うに決まってんだろーが! 優しさなんてなあ、そんなもん、やくざの優しさなんてうわべだけに決まってんだろ! そのうちお前、掌返したように捨てられるんだよ、そんなもんなんだよ! だから世間から見放されてんだろーが、やくざなんて。怖がられてるんだろうが。お前だって普通にそうだったろ」
「あの人は別に、優しいけど、それが素だから、そういう優しさなの」
「…………、冷静になれ」
「それは総ちゃんの方だよ。冷静になって。私、別に何もされてないし、嫌じゃない」
「そう思い込まされてんだよ。嫌なことされてからじゃ遅いんだよ! される時にはもう断れねーとこまできてるんだよ!」
「それは、私の考えじゃない、総ちゃんの一方的な偏見。私の考えとは違う。私は直接接してそう感じてるの。いいの、これで。これがいい。今日ももうマンションに帰るし」
「行かせない」
睨んで言った。
「……でも私は、一旦会社に行って用事して、それからご飯食べて……」
「どこにも行かせねーから」
思い切り腕を伸ばして抱きしめた。
すんなりと身体は手に入り、柔らかで甘い良い匂いが全身を駆け巡る。
「どっ、し……」
「別に知ってたろ。俺が……好きなの」
狭い室内で、何の音も聞こえない空間に、自分の声だけが響く。
「え……、す……?」
今、物にしなければと、急いて唇を近づける。
「えっ!?」
依子は慌てて大きく身体を引き、腕から外れた。
「ち、ちょっと、ち、…………」
戸惑いながらも目を見てきたので、強引にもう一度身体を引き寄せた。
「えっ!? なっ、何!?」
分からないはずはないのに。
腕から離れようと、力加減をみながら身体を捩じってくる。
「好きなんだよ。…………、知らなかったとは言わせない」
左手で後頭部を押さえ込み、自らの胸に押し付けた。
「…………、知らないよ……」
消え入りそうな声で抵抗してくる。
「鈍感なんだよ、鈍いんだよ。それは俺が一番よく分かってるから。だから、心配なんだよ。お前が言うことなんて的を得てるはずがねーだろ」
「そんなことないよ!!」
当然のごとく声を荒げるが、
「こんな近くにいて何度も、何年も会ってる俺の気持ちにすら気づかねーのに、会ってばかりの他人の気持ちなんて読めるはずがねーだろ」
「……………、でも」
「でもも、なんでもねーんだよ。とにかくやくざはやめとけ。それ以外何も言わねーから」
「…………」
身体を離されそうになって、思い切り腕に力を込めた。
「……痛い」
「俺の言うことが分かるまでは離さない」
「…………、あのね。私ね、今、すごくいい感じなの」
「やくざにそう思わされてんだよ」
「そうじゃない。全体的に、いい感じなの。それを失いたくないの」
「だから?」
離してたまるか!とより力を込める。
「ち、ちょっと腕だけ緩めてくれる? ちゃんと話しするから。痛くて……」
「…………、うん」
俺は素直に腕を緩めて、背中をさすった。
「私さっきすごく怒ってたじゃん? しかも拗ねてて。話なんて聞かずに1人で帰って。でも、すぐに電話したの、その人に。その人に電話したくなったの」
「……俺が電話かけてたのに……」
「うんそうなの……。
でもね、その人と別に、他愛ない話しかしてないの。ご飯食べてるか、とか、今日は何時上がりだとか、でもね、それだけで私、総ちゃんにちゃんと話をしなきゃと思ったし、仕事でミスしたことも謝りに行かなきゃと思ったの。
なんだか分からないけど、ちゃんと前を見て、素直になろうと思ったの」
「……タイミングの問題だよ」
「そうかもしれない。もしかしたら、誰でも良かったのかもしれない。でも私は、今声を聞いてすごく落ち着いたの。
それが事実」
依子は、俺の胸を手で押しのけて離れようとする。
俺は、負けじと力を込めて、再びかき抱こうとしたが……
「ごめん、今は邪魔しないで」
再び離れ始めた身体を、一瞬離してしまったせいで、もう追いかける気力が出て来なくて。
「いつもありがとう。でも私は、その人のことを信じてるから」