徹底的にクールな男達
♦(10/28)
隣でいつものようにシートベルトをきちんとかける麻見を、朝から一度もまともに見ていない鈴木は、それがあえて意識された行動であることにふと気づいて溜息を吐いた。
今まで、麻見のことをどうとも思ったことはない。
確かにいつもの頭(かしら)の趣味とは違うと感じていたので、教育しろだの送り迎えしろだのなんだかおかしいとは確かに思っていた。だが自分は、頭(かしら)が生きやすいように存在しているただの世話役であり、少々の気まぐれには無心で付き合うのが常だ。
それがまさか、頭(かしら)の中で全く別の想いがあったとは……。
昨日の夕方、人払いされた頭(かしら)のワンルームマンションに呼ばれた。屋敷とは別のマンションの存在を知る者は少なく、完全なプライベートの空間として利用されている場所だ。
自分もそこまで送り迎えに行くことはあったが、中まで入ったのは初めてだった。
室内にはベッドとソファとテーブルくらいしかなく、がらんとしていてまるで生活感がなかった。ただ、誰かが時々掃除はしているのか、埃が落ちている風ではなかった。
「お前くらいだよ、中に入れたの……。
今日は大事な話があってな」
「はい」
頭に合せるように真剣な顔で、返事をする。
「叔父貴(おじき)んとこの話だが、若いのが跡継ぐらしい。丸一年後だ。そうなりゃこっちもどうなるか……どう転んでもドンパチやるのは目に見えてる」
癖のある叔父貴が育てた若い衆は一筋縄ではないことは、皆知っていた。
「そうなると、お前はすぐに身を張るだろ?」
頭(かしら)はいつになく穏やかな顔でこちらを見た。
「そうしねぇために、お前にも帰る家が必要だ。俺の家じゃない、テメェの家だ。お前も自分の家を持て。女を作ってガキを作れ」
あまりにも唐突な、理解しがたい言葉をかけられて目が点になった。
「依子はだいぶお前に気がある」
「そんなことありません!」
話の前後が分からなかったが、それだけは否定しなければと即声を上げた。
「それでいいんだよ。狙い通りだ。お前、俺があの女に興味ねぇこと知ってたろ。まあ、皆思ってたみてぇだが。あの女は年もお前とよく似てる、あいつつかまえて、結婚しとけ」
「はっ!?」
慌てて「いっ、いえっ!」と否定し直す。
「別に籍入れなくていーんだよ。紙のことはどうでもいい。ただ自分が安心して帰れるとこ見つけとけってんだ。一回落としときゃ、いざとなりゃガキ抱えて1人でも生きてくさ。素人だが、肝が据わってる。でなきゃ、こんなやくざのマンションになんて住まねえよ」
「で、ですがっ、自分は頭(かしら)の女になれるよう教育を……」
「いつまで寝ぼけたこと言ってんだよ。んなもんお前ら2人を引っ付けるために決まってんだろーが」
「…………!?」
その、頭(かしら)の想いに全く気付けなかった自分自身に驚いた。
「あっちはいい具合に乗ってきたろ。お前もなかなか食えねぇ奴だな」
「…………」
冷静になってみれば、頭(かしら)が言いたいことはよく分かる。
確かに、女も悪くはない。
だが、最初から頭(かしら)の女として扱ってきただけに、なかなかすぐに自分の物にする気にはなれない。
今も頭(かしら)がお膳立てしてくれた温泉に向かっているが、隣に乗せているとどういう風に接していいのか分からなくなるし、どういう方向に持っていけばいいのかも分からなくなって結局面倒臭くなる。
後一年、その間にこの女の元に帰りたいと思えるようになるのだろうか……。
「あのぉ、ネットで見たんですけど、なんか、いい夜景スポットがあるらしいって」
「…………」
そういうのに合わせるのも面倒臭い……。
ちらと、女の方を確認したが、すぐに前を向く。
夜景どころか、今夜は同じ部屋で寝ることになる。京都に行って以来手を出してはいないが、今日は何かしかけるべきだろう。
どうするか、最後までやってしまうべきか、それとも、何もせずに終わるのか。
いや、頭がせっかく用意してくれた布団で何もせずに土産だけ持って帰るというのはちょっと違うだろう。
「あのぉ、夜景、見に行きません? 歩いて行けるって書いてましたけど……」
もう一度隣を見る。偶然足元が目に入って一瞬固まった。短いショートパンツからは黒いストッキングの太腿が見えている。肌色が少し透けていて、それを意識した途端、思わず手を伸ばしてしまいそうで怖くて、再び前を向いた。
「……ちょっと面倒くさいですよね、……やっぱり」
隣の声が沈んだ途端、
『依子はだいぶお前に気がある』。
頭(かしら)の一言が急に頭に浮かんで、離れなくなる。
「…………。…………行くか、夜景」
そう言った方がいいような気がしてなんとなく口にしたら、
「えっ、いいんですか!?」
と、嬉しそうな声が聞こえて思わず隣を見た。
上気した頬の上にある大きな瞳と、目が合いすぐに逸らす。
「今日くらい、ゆっくりするか……」
色々考えるのが面倒になると投げやりになってしまう。悪い癖だ。だが、
「鈴木さんいつも忙しそうだから、今日こそゆっくりしましょうよ! ちょっとお酒飲んだ後散歩したら、綺麗かもー」
弾んだ声に、思わず笑みがもれた。
自分でも驚くほどの顔の緩みを、慌てて元に戻す。
「うん、そうしよう! 今日来て良かったぁ。鈴木さんが楽しそうで、ほんと良かった!」
隣でいつものようにシートベルトをきちんとかける麻見を、朝から一度もまともに見ていない鈴木は、それがあえて意識された行動であることにふと気づいて溜息を吐いた。
今まで、麻見のことをどうとも思ったことはない。
確かにいつもの頭(かしら)の趣味とは違うと感じていたので、教育しろだの送り迎えしろだのなんだかおかしいとは確かに思っていた。だが自分は、頭(かしら)が生きやすいように存在しているただの世話役であり、少々の気まぐれには無心で付き合うのが常だ。
それがまさか、頭(かしら)の中で全く別の想いがあったとは……。
昨日の夕方、人払いされた頭(かしら)のワンルームマンションに呼ばれた。屋敷とは別のマンションの存在を知る者は少なく、完全なプライベートの空間として利用されている場所だ。
自分もそこまで送り迎えに行くことはあったが、中まで入ったのは初めてだった。
室内にはベッドとソファとテーブルくらいしかなく、がらんとしていてまるで生活感がなかった。ただ、誰かが時々掃除はしているのか、埃が落ちている風ではなかった。
「お前くらいだよ、中に入れたの……。
今日は大事な話があってな」
「はい」
頭に合せるように真剣な顔で、返事をする。
「叔父貴(おじき)んとこの話だが、若いのが跡継ぐらしい。丸一年後だ。そうなりゃこっちもどうなるか……どう転んでもドンパチやるのは目に見えてる」
癖のある叔父貴が育てた若い衆は一筋縄ではないことは、皆知っていた。
「そうなると、お前はすぐに身を張るだろ?」
頭(かしら)はいつになく穏やかな顔でこちらを見た。
「そうしねぇために、お前にも帰る家が必要だ。俺の家じゃない、テメェの家だ。お前も自分の家を持て。女を作ってガキを作れ」
あまりにも唐突な、理解しがたい言葉をかけられて目が点になった。
「依子はだいぶお前に気がある」
「そんなことありません!」
話の前後が分からなかったが、それだけは否定しなければと即声を上げた。
「それでいいんだよ。狙い通りだ。お前、俺があの女に興味ねぇこと知ってたろ。まあ、皆思ってたみてぇだが。あの女は年もお前とよく似てる、あいつつかまえて、結婚しとけ」
「はっ!?」
慌てて「いっ、いえっ!」と否定し直す。
「別に籍入れなくていーんだよ。紙のことはどうでもいい。ただ自分が安心して帰れるとこ見つけとけってんだ。一回落としときゃ、いざとなりゃガキ抱えて1人でも生きてくさ。素人だが、肝が据わってる。でなきゃ、こんなやくざのマンションになんて住まねえよ」
「で、ですがっ、自分は頭(かしら)の女になれるよう教育を……」
「いつまで寝ぼけたこと言ってんだよ。んなもんお前ら2人を引っ付けるために決まってんだろーが」
「…………!?」
その、頭(かしら)の想いに全く気付けなかった自分自身に驚いた。
「あっちはいい具合に乗ってきたろ。お前もなかなか食えねぇ奴だな」
「…………」
冷静になってみれば、頭(かしら)が言いたいことはよく分かる。
確かに、女も悪くはない。
だが、最初から頭(かしら)の女として扱ってきただけに、なかなかすぐに自分の物にする気にはなれない。
今も頭(かしら)がお膳立てしてくれた温泉に向かっているが、隣に乗せているとどういう風に接していいのか分からなくなるし、どういう方向に持っていけばいいのかも分からなくなって結局面倒臭くなる。
後一年、その間にこの女の元に帰りたいと思えるようになるのだろうか……。
「あのぉ、ネットで見たんですけど、なんか、いい夜景スポットがあるらしいって」
「…………」
そういうのに合わせるのも面倒臭い……。
ちらと、女の方を確認したが、すぐに前を向く。
夜景どころか、今夜は同じ部屋で寝ることになる。京都に行って以来手を出してはいないが、今日は何かしかけるべきだろう。
どうするか、最後までやってしまうべきか、それとも、何もせずに終わるのか。
いや、頭がせっかく用意してくれた布団で何もせずに土産だけ持って帰るというのはちょっと違うだろう。
「あのぉ、夜景、見に行きません? 歩いて行けるって書いてましたけど……」
もう一度隣を見る。偶然足元が目に入って一瞬固まった。短いショートパンツからは黒いストッキングの太腿が見えている。肌色が少し透けていて、それを意識した途端、思わず手を伸ばしてしまいそうで怖くて、再び前を向いた。
「……ちょっと面倒くさいですよね、……やっぱり」
隣の声が沈んだ途端、
『依子はだいぶお前に気がある』。
頭(かしら)の一言が急に頭に浮かんで、離れなくなる。
「…………。…………行くか、夜景」
そう言った方がいいような気がしてなんとなく口にしたら、
「えっ、いいんですか!?」
と、嬉しそうな声が聞こえて思わず隣を見た。
上気した頬の上にある大きな瞳と、目が合いすぐに逸らす。
「今日くらい、ゆっくりするか……」
色々考えるのが面倒になると投げやりになってしまう。悪い癖だ。だが、
「鈴木さんいつも忙しそうだから、今日こそゆっくりしましょうよ! ちょっとお酒飲んだ後散歩したら、綺麗かもー」
弾んだ声に、思わず笑みがもれた。
自分でも驚くほどの顔の緩みを、慌てて元に戻す。
「うん、そうしよう! 今日来て良かったぁ。鈴木さんが楽しそうで、ほんと良かった!」