徹底的にクールな男達
11月

合意のない鍋パーティ


♦(11/1)
 温泉旅行の翌日である今朝、心ばかりのお詫びにお菓子をスタッフルームに置いた。だが、それだけで欠勤が帳消しになるわけではない。

 麻見は苦い顔を自覚したまま、閉店作業の1つであるレジの清算点検を1人進めながら考えていた。

 あの南条が現れた日から、いやその前からかもしれないが、店長 武之内に白い目で見られていることは自覚していた。

特にここ数日は、現金誤差が続いている。

 一生懸命、真面目に仕事をしているのにも関わらず、成果は出ずじまい。

 そんな矢先に飛び込んだ温泉旅行であった。

 葛西は確かに旅行の話をしていたが、まさかこんな宿泊二日前になって予約をしたと報告してくるとは、思いもしなかった。

 宿泊日の希望を聞いてくれれば、シフトの休みに合わせられたものの、こんな月末にしかも二日前にシフトの変更を願い出るのは、非常に心苦しかった。

 かといって、当日体調不良のフリをして休むというのも気が引ける。

 どうしようか散々悩んだ挙句、旅行前日に退社した深夜12時、まさに今武之内が帰宅したであろう時間にわざわざ電話連絡をしたのであった。

「今日はお疲れ様でした。麻見です。明日、明後日……お休みをいただきたいのですが……、あの突然で申し訳ありませんが、その……」

「……2日も?……理由は?」

 聞かれなかったらスル―しようと思っていたが、そういうわけにはいかないらしい。

「その……、急遽、実家に帰らなければならなくなったので……」

 嘘は心苦しく、胸が詰まった。しかし今は武之内に、疑惑を振りかけられるところから逃れるしかなかった。

「不幸なら特別休暇がとれるよ」

「では……ないので」

「はい。じゃあ、切るよ」

 あっけないほど簡単に。

 ツー、ツー、ツーという電子音が聞こえる。

 明らかに怒っている。

 嘘だと思われている。

 そうじゃない、嘘じゃないんだと、本来なら掛け直して色々言い訳したいが。言い訳しようにもネタすらないし………。

事実全てが嘘だ。

 結局、そのまま朝起きて迎えに来た鈴木の車に乗り込んで温泉旅行に行ってしまったわけで……後悔、やるせなさ、言い訳などが頭を何度も巡ってしまう。

 更に思い出してみれば、従業員通用口のことも、その前に総伍といたことを注意されていたのにも関わらず、再度しかも違う男性と待ち合わせしていたように見えていたはずだ。

 考えれば考えるほど、武之内のイライラが透けて見えるようであった。

 できることなら何も話したくはない。

 用事はなるべく副店長で済ませたい。

 そう思いながら、今日は目も合わせることなく閉店時間までなんとかこぎつけた。

「麻見さん」

 にも関わらず、閉店作業があらかた済んだ時。背後から抑揚のない低い声で呼び止められた。

不安を抱きながらも、麻見はゆっくりと振り返る。

 何かミスをしたのではないか、今日は現金誤差はなかったはずだと、次々に不安要素が溢れてくる。麻見はそれが顔に出たことを隠すこともできず、ただ黙って武之内のネクタイを見た。

「先月の話なんだけど……」

「はい」

 今は何を言われても全く思い出せる気がしない。

「19日、6時上がりの金曜日、随分慌てて帰ったようだけど」

 思い出せて良かった。南条が来た日である。

「すっ、すみません。あの、その、人がいなくて忙しかったので残業したかったんですけど、どうしても先約があって、その……」

 あの日、欠員が2人も出たせいで忙しかったのにも関わらず、南条と待ち合わせして定時通りに帰ったところを見ていたくせに、今更あえて注意しようというつもりなのか!?

「いや、それはいいんだけど」

「あ……はい」

 そこがポイントではないのかと、一旦ほっとして、目を見る。

「昨日、月末の書類整理してたら誤差報告書、誰も書いてなかったから。僕が書いたよ」

「え゛っ」

 そうだった。昼から誤差が出ていたけれど、書くのを完全に忘れていた。

 しかも、こともあろうにそんな報告書を店長に書かせただなんて、他のレジ担当者も何をやっていたのかと怒りさえ込み上げてくる。

「いやっ、その……すみません。あの、その日はすごく急いでて、忘れてしまいました……」

「うん……急いでる時もあると思うけど報告書は重要書類だから。もっと責任持たないと、サブやリーダーが困るよ」

 ……前サブリーダーだったのに、その気持ちも分からないかと言っているのだろう。

「……はい」

 トーンは断然低くなった。

「それから前も言ったけど……」

 次は、絶対従業員通用口のことだ、と予測して目を伏せる。

「従業員通用口で待ち合わせしないこと」

「はい……すみません」

「あの人は後藤田さん関係の人じゃないよね?」

 一瞬、南条か総伍かと迷ったが、どちらにしても違うのであえて質問を避け、

「はい」

と素直に目を見て頷いた。

「あれから後藤田さんから連絡はない?」

 ついでに聞いたという感じだったので、

「はい」

と再び頷く。

「…………はい」

 武之内はすぐ背中を見せてどこかへ行った。

 たった数分のことなのに、どっと疲れた。

 とにかく、なんだかとても嫌われていることだけは確かなようだった。言いつけを1つも守れていないのだから仕方ないのだけれども。そんなあからさまに拒否しなくても……。

「さ、上がろう」

 そんな麻見に対して沙衣吏は。いつも優等生でミスもないし、仕事もちゃんとできる。武之内とも仲良さそうに話すことが多く、笑顔を見せてくれるのはこういうデキる子に限られているんだと改めて感じてしまう。

「どうしたの? なんか暗いね」

 ブラウンの髪の毛の下からさらりとピアスが見えた。

「うん……なあんかね、ミス多いし。店長に怒られた」

「じゃあ、鍋でもするか!」

 明るい即提案に、すぐに笑顔になれる。さすが沙衣吏はよくできた女の子だ。

「えっ今日?」

「ううん、次の休みとか」

「いーねえ。次の休み、私連休だよ。どこでする? うちはちょっとあれだけど……あ、まあいいか。片付けるよ。うちお店から近いしね。良かったら真里菜とか呼んでもいいし」

「うん、じゃ考えとこう。明日? 明後日だね。もしかしたら場所変わってもいい?」

「逆にその方が助かる」

 今ほとんどアパートには行ってないので、調味料から買い直さないといけないとなると非常に面倒だ。

「じゃあ場所変えて、大人数でもいいか。人数少ないとしんみりなるからね」

「そだね!」

 連休に鍋! さすが、タイミングバッチリだ!!

 明日一日頑張れば、明後日がくる。

 明後日は朝遅くまで寝て、早上がりの人も巻き込んで夕方から夜中まで鍋パーティをしよう!

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