徹底的にクールな男達

7/28 サブリーダー降格



「なんだか半年間、短かったですねー…………」

「そうだな」

 半年前、エレクトロニクス株式会社一の超巨大店舗、東都シティ本店の副店長だった柳原 孝太郎(やなぎはら こうたろう)は、人事の微調整のため桜田店の店長として突如赴任したものの、再び半年で元のポストへ異動の辞令が出たのであった。

 切れ長の目、整った顔立ち、店長室で見せる無表情でタバコを吸う真剣な横顔、そして29歳独身。それら全てをひっくるめた将来有望の柳原は、クールという言葉を身に纏ったような切れ者の男であった。

 桜田店へ来てからもおそらくその前も、女性の憧れの的であったことは間違いない。麻見が知る限りでも、少なくとも1人は告白して敗れたし、何かしら絡みたいと思っている女性は数多くいる。

 それに対して柳原自身はというと、常に周囲のことなどまるで気にせず仕事に集中している。クールなおもむきでそう見えるだけか、職場にいる女性には興味がないのかは不明だが、男女問わず人気を集めていることは間違いなかった。

 ただ少なくとも、麻見はそのうちの1人ではなかった。

 確かに顔は整っていると思うが、タイプなわけではないし。24歳の自分からすれば少し年が離れていて、「権限者」、「仕事ができる怖い店長」としか認識ができなかった。

 そんな中、柳原最後の出社日に、麻見はお礼の挨拶がてら普通に話しかけたのだった。

「東都シティって一番大きいじゃないですか。副店長って大変ですね」

「一緒だよ。どこにいても」

 まるで、話したくなさそう。

 こういう返しが多いのも、麻見があまり寄りつかない理由の1つだ。大変そうだと共感しているつもりなのに、迷惑そうに切り返される。

「そうですか。今日最後ですよね。短い間でしたけどお世話になりました」

 つんけんした言い方にならないように、気を付けながらもきちんとお礼を述べた。

「あぁ……。麻見、帰りちょっと残れるか?」

「えっ?」

 あまりに唐突だったため、顔が歪んでしまったが仕方ない。

「えっと」

 しかも、その顔のまま目が合ってしまい、思わず逸らした。

「今日シフト最後までだろ? 用があるなら今でもいいけど」

「いや、用はないですが……」

 何故私!? あれこれって、もしかして……。

「じゃあ、少し話があるから」

「あ、……は、……い」

 あの、これって、もしかして……。

 もしかして、やっぱり!!!

 柳原店長、私のこと、好きだった??





「で……」

 って、そんなわけないか。まさか告白するのに、店長室ってことはない。

 確かに人気(ひとけ)はないけども、こんな所で好きだったなんて告白するような、そんな空気が読めない人じゃないことだけは確かだ。

 柳原はいつものようにテーブルを前に腰かけ、今何の関係もない資料を開いたまま、立ちつくした麻見を上目使いで見た。

「次の店長の武之内(たけのうち)さんとも相談して決めたんだが」

 明日付で店長になる武之内新店長と、麻見はまだ一度も顔を合わせたことがないので、相談と言われてもピンとこない。

「今のレジサブリーターを他に譲ってもらおうかと……」

「えっ!?!?」

 思いもよらぬ一般レジへ降格、という辞令にあまりに驚いて声を上げた。

「そんなに驚きか?」

「いえ……、はい……」

 今だって、リーダーが休日の時はほぼリーダー的なことをやってはいる。だが、言われてみれば、スーパーのレジ的な持ち帰りレジを打つ4名の中の2番目という位置でありながらも、課題は伝票操作ミスと現金誤差をできるだけ減らす、という程度だ。

 入社して2年。周囲との人間関係がうまくいきすぎていると言っても過言ではなく、そのせいか、仕事もなあなあになっていることが多い。フォローしてもらうのが当たり前になり、些細なミスなら簡単に流されている。

 最後の尻を拭くのは、レジリーダー、契約リーダー、アフターサービス受付リーダーの上にいるカウンター部門長であり、そこに持っていくだけの資料と情報だけ集めていれば良い、それくらいの考えだ。

 現に今も、時期店長がイケメンだという確かな筋からの情報の方にばかり目がいき、それ以外のこと、本日の売上や商品知識を上げるための勉強、その他もろもろのことははっきり言ってどうでも良かった。

 唯一の上客である後藤田からは絶大な信頼を得て売り上げを上げさせてもらっているが、商品説明に至っては不十分という言葉がぴったりで、おそらく少々の下心でただ指名しているだけなのだと思う。

 それが故の降格……。

「あと、後藤田さんは他に回せ。……前も言ったが」

 柳原は、じっとこちらを睨んだ。

「え、でも、ある程度はできてるし……」

 前と同じ言い回しになったことを攻められる予感がしたが、柳原はそこを無視して繰り返した。

「後が怖いんだ。ろくに説明もしないまま売上立てたって仕方ないだろ。確かに売り上げは大事だ。だが、後のケアの方がもっと大事だ。できないだろ? 麻見には」

 最低限のことくらいはできるのに。他のお客さんでも、アフターサービスの案内くらいしているのに!! と悔しくなって、

「あの、まだ正式には決まってないんですけど」

「、なんだ?」

 柳原はまた目を合せてこちらを見上げた。

 本当は正式に決まってから書類を提出するつもりで、しかも、今のこのタイミングで柳原に言う必要もなかったが、あまりにも理不尽な言いように腹が立って、

「私、後藤田さんが持ってる家で住むことになりそうなんです」

「はあ!?」

 柳原は声を上げて遠慮もせず、あんぐり口を開けた。

「あの、その、借家にという意味ですけど。大家さんという意味です」

「……、って……」

「だからその、アパートを紹介してくれた、みたいな形ですけど」

「………はぁ?……」

 信じられない、といった表情で大きく溜息を吐き、顔を伏せて宙を睨む。酷く歪んだ柳原の表情に、麻見は一度下唇を噛み締め次の言葉を待った。

「……っんなのに乗ると碌なことがねーわ。やめとけ」

 言い切りの言葉と、呆れたとでも言いたげな雑な言葉遣いに腹が立つ。

「でもそれは、仕事とは関係ないですから」

 そのまま立ち去りたいのをぐっと堪えて、柳原の次の言葉を、ただ待つ。言い合いになれば、柳原には関係ない!! と強く突っぱねようと思っていたのに、

「…………、ま。そゆことだ」

 どうでも良いといわんばかりに、さらりと立ち上がってその場を後にされた。

 広い背中が、涙で歪んだ。

 喉が痛くなって、必死で唇を噛みしめた。

 柳原のことが、嫌いで憎らしくて仕方なかった。

 背中が部屋から見えなくなってからも、何か一言言ってやれば良かった、と後悔した。

 泣くくらいなら。

 お金持ちの社長に見初められたことを否定されたことが、こんなにも悲しいのなら。

 何か、何か一言、気が済む一言を言っておけば良かった。
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