徹底的にクールな男達
「迎えがどうとか言ってなかったっけ? あそう。じゃあ俺の車でいっか。こんな所見られたら余計ややこしくて嫌だけど」
「すみません……なんか、すみませんややこしくて」
「えっ、ほんとにややこしいの?」
自らのエルグランドに部下である麻見を乗せた三笠は、きっちり片付いた車内の後部座席に丁寧にバックを積み込むと、ドアを閉めて走り出した。
「ややこしい関係ってメンドクサイよね……」
「ややこしくないです。私は別に好きじゃないけど、福原さんにそそのかされて……」
「身体がどうとかって話は事実?」
「……はい……」
「無理矢理? セクハラ?」
「心は無理矢理でしたけど、身体は酔ってたんで……なんとも」
「それを無理矢理って言うの」
三笠は苦笑した。
終始明るくて擦れていない三笠の、その隣で麻見は膝と膝をくっつけながら、こんな所を見られたら他の人、以下葛西や会社の連中にも何を言われるか分からない。と警戒していたが、車が停車したのは何の疑い用もない、どこにでもあるファミレスだった。
「さあ、入ろう。腹減ったなぁ。俺今日飯1時でそこから休憩ちょびっとしかとれなかったから」
「あ、そうだったんですか」
「だって店長が残業してんのに俺1人休憩しにくいでしょ」
その、くったくのない笑顔を見た瞬間、武之内のことを相談しようと即座に決めた。
2人は空いた店内でゆったりと対面した席を取って腰かけ、即メニューを広げる。
「割り勘だから好きな物頼んでいいよー」
そんな一言必要か?
一瞬思ったが、何の関係でもないのにここで奢ったとなると後々ややこしいことになるのかもしれない。
いや、そんなことまで考えてないか。
「サイコロステーキのセットにするか……」
三笠は決定すると、顔を上げた。
「あっ、はい。私も決まりました」
好きな物と言われれば、サラダとパスタだ。結局三笠の一言で即メニューを決定した麻見はすぐに店員に注文し、その間セルフでコップに水を注いでくれた三笠副店長に、とりあえず頭を下げた。
「すみません、ありがとうございます」
「役割分担派だからね」
おそらく、三笠なりにフォローをしてくれているんだろう。
三笠は、グラスにほんの一滴垂れた水滴も逃さず紙ナプキンで拭き取ってから、水を一口飲んだ。
「あのぉ、全然違う話をしてもいいですか?」
「何? 全然違う話って。福原君の話はもういいの?」
「あ、まあ、それもあれですけど。だって解決策なんて私が無視する以外の何かなんて見つからないだろうし」
「うん、まあね。嫌いなら嫌いってはっきり言えばいいし。彼氏いないんでしょ?」
「…………、…………いま」
「何でそんな考えるの!?」
眉間に皴を寄せて大げさに聞くので、麻見は慌てて、
「いません、いません!いませんけど、一緒に住んでる人はいます」
「……、同居人? 知り合い?」
「……知り合いです」
「ややこしいね……。で、その人のことも好きじゃないの?」
「まあ、なんというか、うーん……」
「ややこしくしてくの自分じゃん!あそう。それはもう仕方ないんじゃない? 一体何悩んでんの?」
「どっちかってゆーと全然違うところで悩んでて……」
「あそう……何?」
丁度食事が運ばれてきたので一旦中断かと思いきや、三笠はそのまま続けた。
「何?」。
「私、武之内店長に嫌われてて、今日も最悪でした」
「いや別に嫌われてるってことはないと思うけど。まあ要注意人物ではあるかな」
「それってどうなんですか?」
麻見は顔をひきつらせて聞いた。
「俺、ここ来てすぐ言われたよ。よく見ててって」
「……よく見ててって……」
「今日は一日いたけど、まあそんな不自然なことはなかったけど。まあ仕事はぬるいわな。やる気ないしね?」
え、?
一旦停止した。
もちろん、目は合わせられない。
だけど、そうストレートに聞かれると決してそうではないと思う。
「やる気ないことはないですけど……」
若干、俯いたままだが否定した。
「うそぉ、今月の予算知ってる? 手帳見てもいいから言ってみ?」
「手帳は会社です……」
「書いてる?」
「一応」
「覚えてる?」
「……」
「今日予算達成したか知ってる?」
「…………」
「そゆこと」
「……売り上げを追えってことですか?」
「まあ会社に興味を持てってことだね」
「…………」
全く違う所で叱られてしまって、急に納得がいかなくなり損した気分になる。
「で、えっと。なんだったっけか。武之内店長にね……、まあ嫌われてはないと思うけど。浮ついてるとは思われてるかな」
「あぁ……なんか、そうかも……。今日も実は、従業員通用口で……」
「何?」
そこは引き継がれていないようだ。
「あそこで前、人と待ち合わせしてて怒られて、ってことが実は3回くらいあって」
「1回言われたら言うこと聞けよ……。人って友達?」
「……そうです」
「話聞いてないと思われてるよ、それ。というか何で話聞いてるのに実行しないの?」
「それは偶然なんですよ! 偶然、知人がそこで待ち伏せてたってゆー流れで……」
「ストーカー?」
「じゃないですけど……」
「ふーん。まあ偶然もあるかもしんないけど、自分でそれを阻止するようにしないと」
「……だと思います……」
話がひと段落ついた頃には、三笠は全て食べ終えていた。話に一々真剣に答えていた麻見はまだ半分弱残っており、ここからラストスパートをかけなければいけない。
「あと、えっと、名前なんだったっけ。えーと、えーと、た、たー……」
何のことだろうと、そのまま無視して食べ続ける。
「えっと、あれあれ。もう年だなあ、名前が出て来ない」
三笠は苦笑しながら目尻の皴を見せた。
「何の名前ですか?」
麻見はようやく聞く。
「一千万の売上の」
いやもうその話は多分終わったんだけどなと目を逸らしながら、
「後藤田さんです」
「そう! た、って全然かぶってないじゃん!」
三笠は1人楽しげに笑ったが、麻見は何を聞かれるのかと逆に不安になった。
「すごいパトロンだね」
再び固まった。誰も言わなかった一言を。まだ、ほぼ初対面と言っても過言ではない三笠はいとも簡単に言い切ってしまう。
「…………」
「知り合いなんだって? たまに会ったりするの?」
「いえ、そういうわけでは……」
「ってことは完全にここで会うだけ?」
「いや、まあほぼそうですけど」
「よっぽどだね! それはある意味すごいよ。そこまで人を引き付ける魅力があるってことだからね。下心があるかもしんないけど、それでもすごい」
「でも逆にそれで武之内店長の要注意人物リストの中に入ってるってことですよね」
「まあいんじゃないの? 別に武之内店長に心配されてたって自分の中で大丈夫なら」
そ、そんなんでいいの?
「今話した感じだと、ただの天然って感じだし」
「いや、そういうことじゃないと……」
「まあ武之内店長は枠の中に入れたいタイプだからね。浮いてるのを沈ませたいわけだよ。列に沿って」
「沿ってるつもりですけど……」
「うんまあ、ちょい浮いてんだろうね。まあ俺はそれほど気にするつもりはないけど。あと、武之内店長の前で身構えすぎだよ。さっきもおどおどしすぎて何言いたいのかさっぱり分かんなかったし」
「でも、聞いてくれないし」
「いや、大したこと言ってると思ってないたけだよ。重要なこと言う時は聞いてるだろ? それよりも何だかんだ優先させないといけない仕事があるから」
「…………、三笠副店長は聞いてくれるじゃないですか」
麻見は俯いて言った。
「悩みがあるから聞いてって言うからね。だから武之内店長にも同じこと言えばいいんだよ」
「何てですか!? 私のこと、危険人物だと思ってるでしょ!? って!?」
「いや、そうじゃなくて。武之内店長の言うこと聞けてなくてすみませんって」
「それ、悩みというか、懺悔になってません?」
「じゃあ、武之内店長が言ったことが実行できないんですけどどうしたらいいですか、にする?」
「…………」
「俺と話したことによって、実行できてないことが分かったんだから、次はそれを謝るとこまでいかないと。結局自分が悪いんだし」
「…………」
「店長が悪いんじゃない。悪いのは、自分だよ」
「すみません……なんか、すみませんややこしくて」
「えっ、ほんとにややこしいの?」
自らのエルグランドに部下である麻見を乗せた三笠は、きっちり片付いた車内の後部座席に丁寧にバックを積み込むと、ドアを閉めて走り出した。
「ややこしい関係ってメンドクサイよね……」
「ややこしくないです。私は別に好きじゃないけど、福原さんにそそのかされて……」
「身体がどうとかって話は事実?」
「……はい……」
「無理矢理? セクハラ?」
「心は無理矢理でしたけど、身体は酔ってたんで……なんとも」
「それを無理矢理って言うの」
三笠は苦笑した。
終始明るくて擦れていない三笠の、その隣で麻見は膝と膝をくっつけながら、こんな所を見られたら他の人、以下葛西や会社の連中にも何を言われるか分からない。と警戒していたが、車が停車したのは何の疑い用もない、どこにでもあるファミレスだった。
「さあ、入ろう。腹減ったなぁ。俺今日飯1時でそこから休憩ちょびっとしかとれなかったから」
「あ、そうだったんですか」
「だって店長が残業してんのに俺1人休憩しにくいでしょ」
その、くったくのない笑顔を見た瞬間、武之内のことを相談しようと即座に決めた。
2人は空いた店内でゆったりと対面した席を取って腰かけ、即メニューを広げる。
「割り勘だから好きな物頼んでいいよー」
そんな一言必要か?
一瞬思ったが、何の関係でもないのにここで奢ったとなると後々ややこしいことになるのかもしれない。
いや、そんなことまで考えてないか。
「サイコロステーキのセットにするか……」
三笠は決定すると、顔を上げた。
「あっ、はい。私も決まりました」
好きな物と言われれば、サラダとパスタだ。結局三笠の一言で即メニューを決定した麻見はすぐに店員に注文し、その間セルフでコップに水を注いでくれた三笠副店長に、とりあえず頭を下げた。
「すみません、ありがとうございます」
「役割分担派だからね」
おそらく、三笠なりにフォローをしてくれているんだろう。
三笠は、グラスにほんの一滴垂れた水滴も逃さず紙ナプキンで拭き取ってから、水を一口飲んだ。
「あのぉ、全然違う話をしてもいいですか?」
「何? 全然違う話って。福原君の話はもういいの?」
「あ、まあ、それもあれですけど。だって解決策なんて私が無視する以外の何かなんて見つからないだろうし」
「うん、まあね。嫌いなら嫌いってはっきり言えばいいし。彼氏いないんでしょ?」
「…………、…………いま」
「何でそんな考えるの!?」
眉間に皴を寄せて大げさに聞くので、麻見は慌てて、
「いません、いません!いませんけど、一緒に住んでる人はいます」
「……、同居人? 知り合い?」
「……知り合いです」
「ややこしいね……。で、その人のことも好きじゃないの?」
「まあ、なんというか、うーん……」
「ややこしくしてくの自分じゃん!あそう。それはもう仕方ないんじゃない? 一体何悩んでんの?」
「どっちかってゆーと全然違うところで悩んでて……」
「あそう……何?」
丁度食事が運ばれてきたので一旦中断かと思いきや、三笠はそのまま続けた。
「何?」。
「私、武之内店長に嫌われてて、今日も最悪でした」
「いや別に嫌われてるってことはないと思うけど。まあ要注意人物ではあるかな」
「それってどうなんですか?」
麻見は顔をひきつらせて聞いた。
「俺、ここ来てすぐ言われたよ。よく見ててって」
「……よく見ててって……」
「今日は一日いたけど、まあそんな不自然なことはなかったけど。まあ仕事はぬるいわな。やる気ないしね?」
え、?
一旦停止した。
もちろん、目は合わせられない。
だけど、そうストレートに聞かれると決してそうではないと思う。
「やる気ないことはないですけど……」
若干、俯いたままだが否定した。
「うそぉ、今月の予算知ってる? 手帳見てもいいから言ってみ?」
「手帳は会社です……」
「書いてる?」
「一応」
「覚えてる?」
「……」
「今日予算達成したか知ってる?」
「…………」
「そゆこと」
「……売り上げを追えってことですか?」
「まあ会社に興味を持てってことだね」
「…………」
全く違う所で叱られてしまって、急に納得がいかなくなり損した気分になる。
「で、えっと。なんだったっけか。武之内店長にね……、まあ嫌われてはないと思うけど。浮ついてるとは思われてるかな」
「あぁ……なんか、そうかも……。今日も実は、従業員通用口で……」
「何?」
そこは引き継がれていないようだ。
「あそこで前、人と待ち合わせしてて怒られて、ってことが実は3回くらいあって」
「1回言われたら言うこと聞けよ……。人って友達?」
「……そうです」
「話聞いてないと思われてるよ、それ。というか何で話聞いてるのに実行しないの?」
「それは偶然なんですよ! 偶然、知人がそこで待ち伏せてたってゆー流れで……」
「ストーカー?」
「じゃないですけど……」
「ふーん。まあ偶然もあるかもしんないけど、自分でそれを阻止するようにしないと」
「……だと思います……」
話がひと段落ついた頃には、三笠は全て食べ終えていた。話に一々真剣に答えていた麻見はまだ半分弱残っており、ここからラストスパートをかけなければいけない。
「あと、えっと、名前なんだったっけ。えーと、えーと、た、たー……」
何のことだろうと、そのまま無視して食べ続ける。
「えっと、あれあれ。もう年だなあ、名前が出て来ない」
三笠は苦笑しながら目尻の皴を見せた。
「何の名前ですか?」
麻見はようやく聞く。
「一千万の売上の」
いやもうその話は多分終わったんだけどなと目を逸らしながら、
「後藤田さんです」
「そう! た、って全然かぶってないじゃん!」
三笠は1人楽しげに笑ったが、麻見は何を聞かれるのかと逆に不安になった。
「すごいパトロンだね」
再び固まった。誰も言わなかった一言を。まだ、ほぼ初対面と言っても過言ではない三笠はいとも簡単に言い切ってしまう。
「…………」
「知り合いなんだって? たまに会ったりするの?」
「いえ、そういうわけでは……」
「ってことは完全にここで会うだけ?」
「いや、まあほぼそうですけど」
「よっぽどだね! それはある意味すごいよ。そこまで人を引き付ける魅力があるってことだからね。下心があるかもしんないけど、それでもすごい」
「でも逆にそれで武之内店長の要注意人物リストの中に入ってるってことですよね」
「まあいんじゃないの? 別に武之内店長に心配されてたって自分の中で大丈夫なら」
そ、そんなんでいいの?
「今話した感じだと、ただの天然って感じだし」
「いや、そういうことじゃないと……」
「まあ武之内店長は枠の中に入れたいタイプだからね。浮いてるのを沈ませたいわけだよ。列に沿って」
「沿ってるつもりですけど……」
「うんまあ、ちょい浮いてんだろうね。まあ俺はそれほど気にするつもりはないけど。あと、武之内店長の前で身構えすぎだよ。さっきもおどおどしすぎて何言いたいのかさっぱり分かんなかったし」
「でも、聞いてくれないし」
「いや、大したこと言ってると思ってないたけだよ。重要なこと言う時は聞いてるだろ? それよりも何だかんだ優先させないといけない仕事があるから」
「…………、三笠副店長は聞いてくれるじゃないですか」
麻見は俯いて言った。
「悩みがあるから聞いてって言うからね。だから武之内店長にも同じこと言えばいいんだよ」
「何てですか!? 私のこと、危険人物だと思ってるでしょ!? って!?」
「いや、そうじゃなくて。武之内店長の言うこと聞けてなくてすみませんって」
「それ、悩みというか、懺悔になってません?」
「じゃあ、武之内店長が言ったことが実行できないんですけどどうしたらいいですか、にする?」
「…………」
「俺と話したことによって、実行できてないことが分かったんだから、次はそれを謝るとこまでいかないと。結局自分が悪いんだし」
「…………」
「店長が悪いんじゃない。悪いのは、自分だよ」