徹底的にクールな男達
「…………行ってません」

 行きついた先の店長室で、武之内はファイルをテーブルに置いて、こちらを見下げた。

「麻見、ファイルを管理するのは難しいか?」

 そんな簡単なこともできないのかと言われているに等しかった。

「…………、」

 のどが痛くなり、頬を涙が伝った。

「私にできる仕事なんて、ないのかもしれません……」

 なんとか、震える声で答える。

「蜘蛛の巣取りはできるだろ? 外回りが綺麗になってた」

 ああきっと、倉庫へ行かされるんだ。

「……じゃあ……蜘蛛の巣取りでいいです……」

「……。毎日蜘蛛の巣取るか? そしたらレジの人数が足りなくなる」

「…………」

 じゃあ一体、どうすれば……。

「ファイルあったんですね!!!」

 絶妙なタイミングで大声で滑り込むように現れたのは、三笠であった。

「ああ、倉庫のティッシュ置き場の前に。電話帳ファイルと一緒になって、リストファイルの方が下になってたって。倉庫のバイトが見つけたらしい」

「麻見、昨日倉庫行った?」

 三笠は目を見て聞く。麻見も、しっかり自信を持ってそれに応えた。

「絶対行ってません。ファイルを束ねてたのはカウンターの中のことで。その後電話をとったりして、しばらくしてからファイルを片付けようと思ってたんです。でも、その時には見つからなくて……。でもそういえばその時、電話帳を倉庫の人が取に来ていましたけど……」 
 
「あぁ、倉庫の奴が電話帳のリストに書いてあった商品と倉庫の商品を照らし合わせてどうとかさっき言ってたな。じゃあその時間違えて持って来てそのままだったのかもしれない」

 三笠は1人納得したが、

「何故そのことを先に言わない?」

 武之内は麻見を睨んで一撃した。

場が、凍りついた。

だがすぐに三笠がフォローする。

「いやでも、今考えれば、というだけでその時はまさか一緒に持ち出されたとは思わないでしょう」

 そこに便乗して、麻見は謝り通す。

「すみません、すみませんでした、私がもっと早く思い出していれば……」

「まあ、最終的には倉庫の奴が置きっぱなしにしたのが悪いんだから。たかが電話帳にしても、あれがなくなってたらみんなで探さなきゃなんなかったからね」

 三笠の優しい視線とは裏腹に、武之内は腕を組み、こちらを見切るように溜息をついた。

「……」

 三笠は、一旦間を置いてからどこも見ない武之内の顔色を伺った。

「どうします? 麻見、倉庫行かせますか?」

 三笠の言葉に胸が痛んだ。だが、もこんなにみんなに迷惑をかけたんだから、倉庫への処罰を受けても仕方がないと、納得のいく形ではあった。

「いや……、倉庫に行っても同じだろう。それなら今のメンバーでまわした方がいい。レジの補充もいないし」

「……まあ最近は、見てる方向が良くなってきてるとは思いますけどね」

 三笠は続けた。

「外周りが綺麗になったって下請けが言ってたよ」

 肩をポンと叩かれ、スイッチを押したように再び涙が溢れた。

「……、私………、仕事……真面目にしてます……」

「うん、分かる。ずれてる方向もちゃんとよくなってる」

 武之内の冷えた視線を無視するように、三笠は更に続けた。

「レジでの誤差も減らすように頑張ろう。もう一度マニュアルを見て、時間がかかってもいいから、規定通りにゆっくりやればいい。ほんの数秒待つくらいお客さんは許してくれるから。それよりも、お釣り渡し忘れた方が怒られるから」

「…………、…………」

 言葉にならずに、涙を拭いた。今ここに三笠がいてくれるだけでどれほど気持ちが救われているか、目を合わせて表そうとした途端、

「な……。っと、すみません、呼ばれたんで行きます!」

 三笠は、今度はイヤホンの声に逃げるように走り去ってしまう。

 三笠も今は仕事中だ。ファイル一冊、人一人にかまっている暇なんて、本当はみんなない。

「麻見」

 2人きりになった店長室で武之内の声はよく聞こえた。やはり、少し掠れている。

「す……すみません、すみませんでした」

 俯いてただ続けた。それ以上何を言えばいいのか分からず突っ立っていても、何も返事はない。

 ただその代わりに、武之内はさっと隣を通り過ぎてから言った。

「もう帰れ。明日も仕事だろ」

「あ、はい……」

 そう返事はしたが、すぐ後ろを歩くのが怖くて、しばらくその後ろ姿を見つめていた。

 怖かった。その、存在が。
 
 無表情で見下され、冷たく言い放たれるのならば、仕事を辞めたいと、強く思った。

 今更根付いている悪い印象を取り払う努力をするくらいなら、いっそのこと辞めて、気を楽にした方がよっぽどマシだと強く思った。
  
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