徹底的にクールな男達
上司の心情(武之内視線)
♦
はあ…………、肩が痛い。
営業報告書類提出日の期限が今日に迫り、この調子だと遅れるかもしれないとギリギリのイライラの中でパソコンの前で浅く腰かける。
来月のシフトも作らないといけないし、売り場は忙しいし……。
溜息を吐いて、一度苦いコーヒーを飲む。店長室が喫煙室になればもっと仕事がうまくはかどるのにといつも思うが、喫煙室がない以上、車まで吸いに行くしかない。
それでも、匂いがつくのでよほどのことがない限り出社している間は吸わないことにしている。何故なら、コーヒーがその代わりをしてくれるからだ。
以前勤めていた会社は、喫煙室があった。なので、吸わないことに慣れるまでに苦労したが、なんとかなるものだ。人は習慣すらも意識次第で変えることができる。それを自ら証明した形になっていると、一瞬自己満足に陥り、目の前の仕事から逃避し、小休止を図る。
さて、あと4時間。本社が起動しているのは午後6時までなので、その時間までに終わらせなければ、事実上、期限を遅れたことになる。
やるしかない。
「武之内店長」
さあ、やるぞといった時に限ってこれだ。
しかし、その声が高岡部長の物であることにもちろん気付いていたので、武之内は入口の方をくるりと振り返って、「はい」となるべく普通に返事をした。
「麻見、もらいますよ」
「えっ!?」
後ろに付いて来ているのがレジの麻見だということには気づいていた。だが、何の話なのか全く前後が、わけが分からず、
「も、もらうって何ですか?」
まさか結婚報告? いや、まさか……。
「この店、人員が1人多いから。麻見を引き抜いて僕のチームに加えるよ」
「えっ……」
高岡部長が、店舗で目に余った人員を本社営業部二課に受け入れ束ね、物にしていっていることは知っている。
だがその対象に麻見が入ったとは……、自らの努力が至らなかったせいだと目の前で釘を刺された気分であった。
しかし、どんな想いがあっても返事は「はい」の1つしかない。
「い、いつからですか?」
「明日からでもいいけど、来月にしようか」
「そ……そうですね。そうして頂けると助かります。シフトの組み直しも必要なので……」
「良かったな、麻見クン」
部長は麻見の貧弱な肩をパシンと叩いて嬉しそうに笑ったが、当の麻見は若干訝しい様子で、不安気だ。というか、部長相手にあの顔はない。
「ズボン履いて来なよ、ズボン。スカートはチラチラするから」
「あ、はい……」
だが、その返事の時の麻見の表情は、ほっと和らいでいた。
俺の前で見せるような、目を逸らして俯き、怯えたような、顔色を伺うような、冴えない表情ではなかった。
「さってと、課長はどこ行ったかなー?」
部長は話が終わるとすぐに店長室から出て行き、麻見もまた、俯いてその後を追って行った。
再び静かになって、液晶画面を前に、冷静に考える。
麻見の少し曲がっている筋を、直してやろうと思ってはいた。
最初は親身になってアドバイスをしてやるつもりが、すぐに話を聞かなくなり、次には、話すらできなくなっていた。言ったことも聞かず、こちらの考えを拒否し、自分の考えを押し通している。
レジはレジとして分担し、集中して現金誤差を減らせと言ったのにも関わらず、前店長柳原の考え、オールマイティな作業の理論を重視している。
それじゃあ給与評価を上げられず、上に伸ばしてやることもできない。
柳原の何がいいんだか……。
確かに、柳原の良さには納得がいく部分はあるが……。
後藤田の件も、最初からもう少し注意しておくべきだった。
間違えた見積書を誰かが郵送した時も、秘書に電話をした時点で「社長はご本人様から謝罪を頂いておりますので、もう結構です」と結局恥をかいた形で終わった。
そのことに関して、本人から報告は何もない。
注意しようと思ったが、諦めてやめた。
注意したところで「すみません」と言いながらも、また何か問題が勃発したところでこちらに相談しにくることはない。
まるで無関係だとでもいうように。
直属の部下でありながらも、話を聞こうともせず、柳原の部下を堂々と続けていくに違いない。
そこで、一旦缶コーヒーに手を伸ばす。
まあ、もう高岡の部下になったんだからいいか……。
はあ…………、肩が痛い。
営業報告書類提出日の期限が今日に迫り、この調子だと遅れるかもしれないとギリギリのイライラの中でパソコンの前で浅く腰かける。
来月のシフトも作らないといけないし、売り場は忙しいし……。
溜息を吐いて、一度苦いコーヒーを飲む。店長室が喫煙室になればもっと仕事がうまくはかどるのにといつも思うが、喫煙室がない以上、車まで吸いに行くしかない。
それでも、匂いがつくのでよほどのことがない限り出社している間は吸わないことにしている。何故なら、コーヒーがその代わりをしてくれるからだ。
以前勤めていた会社は、喫煙室があった。なので、吸わないことに慣れるまでに苦労したが、なんとかなるものだ。人は習慣すらも意識次第で変えることができる。それを自ら証明した形になっていると、一瞬自己満足に陥り、目の前の仕事から逃避し、小休止を図る。
さて、あと4時間。本社が起動しているのは午後6時までなので、その時間までに終わらせなければ、事実上、期限を遅れたことになる。
やるしかない。
「武之内店長」
さあ、やるぞといった時に限ってこれだ。
しかし、その声が高岡部長の物であることにもちろん気付いていたので、武之内は入口の方をくるりと振り返って、「はい」となるべく普通に返事をした。
「麻見、もらいますよ」
「えっ!?」
後ろに付いて来ているのがレジの麻見だということには気づいていた。だが、何の話なのか全く前後が、わけが分からず、
「も、もらうって何ですか?」
まさか結婚報告? いや、まさか……。
「この店、人員が1人多いから。麻見を引き抜いて僕のチームに加えるよ」
「えっ……」
高岡部長が、店舗で目に余った人員を本社営業部二課に受け入れ束ね、物にしていっていることは知っている。
だがその対象に麻見が入ったとは……、自らの努力が至らなかったせいだと目の前で釘を刺された気分であった。
しかし、どんな想いがあっても返事は「はい」の1つしかない。
「い、いつからですか?」
「明日からでもいいけど、来月にしようか」
「そ……そうですね。そうして頂けると助かります。シフトの組み直しも必要なので……」
「良かったな、麻見クン」
部長は麻見の貧弱な肩をパシンと叩いて嬉しそうに笑ったが、当の麻見は若干訝しい様子で、不安気だ。というか、部長相手にあの顔はない。
「ズボン履いて来なよ、ズボン。スカートはチラチラするから」
「あ、はい……」
だが、その返事の時の麻見の表情は、ほっと和らいでいた。
俺の前で見せるような、目を逸らして俯き、怯えたような、顔色を伺うような、冴えない表情ではなかった。
「さってと、課長はどこ行ったかなー?」
部長は話が終わるとすぐに店長室から出て行き、麻見もまた、俯いてその後を追って行った。
再び静かになって、液晶画面を前に、冷静に考える。
麻見の少し曲がっている筋を、直してやろうと思ってはいた。
最初は親身になってアドバイスをしてやるつもりが、すぐに話を聞かなくなり、次には、話すらできなくなっていた。言ったことも聞かず、こちらの考えを拒否し、自分の考えを押し通している。
レジはレジとして分担し、集中して現金誤差を減らせと言ったのにも関わらず、前店長柳原の考え、オールマイティな作業の理論を重視している。
それじゃあ給与評価を上げられず、上に伸ばしてやることもできない。
柳原の何がいいんだか……。
確かに、柳原の良さには納得がいく部分はあるが……。
後藤田の件も、最初からもう少し注意しておくべきだった。
間違えた見積書を誰かが郵送した時も、秘書に電話をした時点で「社長はご本人様から謝罪を頂いておりますので、もう結構です」と結局恥をかいた形で終わった。
そのことに関して、本人から報告は何もない。
注意しようと思ったが、諦めてやめた。
注意したところで「すみません」と言いながらも、また何か問題が勃発したところでこちらに相談しにくることはない。
まるで無関係だとでもいうように。
直属の部下でありながらも、話を聞こうともせず、柳原の部下を堂々と続けていくに違いない。
そこで、一旦缶コーヒーに手を伸ばす。
まあ、もう高岡の部下になったんだからいいか……。