徹底的にクールな男達


 仕事が休みの日、武之内がどんな生活を送っているのか麻見は全く知らないが、午後8時なら常識の範囲内の時間だろうと推測し、8時きっかりに通話ボタンを押した。

「あの、もしもし、麻見です」

 万人の寛ぎタイムなのか、予想通りすぐに出る。

『はい』

「あの、あの……」

『あ、病院行った?』

「えっ? あっ、行ってません」

『じゃあ明日来れる?』

「あぁ、そう……ですね」

 サインの話ばかりに目がいき、出社のことや再検査のことは完全に忘れていた。

『すぐには治らないらしいし、体調悪い時は休み休みでいいから』

「あ、はい。その、あの、で」

『何?』

「あの、私もサインをしようかと思うんですけど……」

 まあ、驚きはしないか。

『あそう。じゃあ自分のサイン書いて忘れずにハンコ押して送っといてくれる?』

「あ、はい……」

 予想以上に淡々としていた。

『3月中には送ること。でないと、無料チケットがもらえなくなるから』

「あ、はい」

 そんな無料券の話はわら半紙に書いていなかった気がするけど……。

『…………』

「あ、はい」

『で?』

「あ、はい……あの。その、全然関係ない話なんですけど」

『…………何?』

 声のトーンは同じだ。

「あの、全然関係ないんですけど、武之内店長って独身ですか?」

『そうだけど、それが何か?』

 切り替えしがあまりに早く、うろたえるしかない。

「いや、あぁ、いや、その……全然関係ない話ですみません!あの、全然関係ないけどちょっと確認だけをと思って……」

『あそう。全然関係ないね』

 若干声が怒っている気がした。「なんでそんなこと聞くんだ!?」と思っているに違いない。

「すみません……あ、あとぉ、それから……」

『……うん』

「あの、これは関係ある話しなんですけど。その、受理されてから、ですかね? これが無料になるのって」

『それなんだけど。その封筒が送られる前に最初に役所から電話があってね。その時に、受理された後に部屋の無料チケットが届くって言ってたから。一週間とか二週間先じゃないかな』

「あ、じゃあその後ってことですね……。いや、その後というか、その、いやあの!!」

『その後ってことじゃないの?』

 実に冷静な声だ。

「あ、……ですね……。その後ですね」

『うん……』

「あの、来月のシフトがもう出てると思うんですけど。あの、その、私はその、少しでも早く楽になりたいので、その、早めがいいかと……」

『ああ、休みが同じ日がいい? そんなのある?』

「いや別に、その、私は仕事上がりとかなんでもかまわないんで、武之内店長の自由がきく時で構いませんので……」

『うん、またその時になったら連絡する』

 その時…………って?

「あ、ですね……」

 疑問が残ったが、もう雰囲気的に切るしかない。
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