徹底的にクールな男達
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(2/19)
閉店30分後の清算作業は既に大半終わっていた。2月下旬はまだ学生のシングル一式需要も少ないので、一年で最も暇な月とも言える。
連日そうだが、今日も早く帰れそうだとみんな笑顔で作業を行っている。麻見もそのうちの1人だった。
数分の間、福原と無駄話をしてようやく1人になった所で、
「麻見」
少し離れた所から、呼び止めた。
「無料券届いたよ」
麻見はすぐに目を逸らし、固まった。
「どうする? 俺が休みなのは、明日明後日の連休と来週の火曜と木曜だけど」
周りに人がいないことは確認済みだ。
「……ど、どうしましょう……私も明日、休みですけど……」
前もって一応シフトは確認していたので、
「あそう」
「あっ、あの、明日……とかというか、でもあれですよね。泊りなんだから、夜ですよね」
「無理に泊まらなくてもいいけど」
「あっ……でもあの、今日……とかは無理ですよね。とっ、つぜんですしね……」
「まあ、いいけど。逆に僕は連休前の方が楽だけど」
「あっ、あ、そうですか……へー……」
話はまだ途中のはずだが、麻見は作業を開始し始めた。
「今日がいいの?」
念を押して聞く。
「いやあの、……でも早めがいいですよね」
あぁ、言ってたな。
「……じゃ、そゆことで」
俺は、話はまとまったものだと、後ろを向いた。
「えっ!? そっ、ゆことって!?」
自ら話をまとめたはずなのに、何故あたふたした声を出すんだと不思議に思いながら、
「鍵閉めたら連絡するから。家で準備とかあるんならしてきたら?」
「えっ!? あっ……そゆこと……」
そういうこと以外にどういうことが予想できるんだと疑問を抱きながら、店長室へ向かう。
しかし、あのおどおどした態度は病気じゃない、性格だろう。
その後30分弱で通常通りの作業を行い、最後に鍵を閉める。
車まで歩き、駐車場で最後の一台になってから、麻見に電話をかけた。
「もしもし、今終わったけど」
『あっ、はい! すぐに行きます!!』
「そっちまわる。そこの見えてるアパートだろ? 入口まで行くから」
『えっ!? あっ、はい!! すみません!!』
会社は喫煙室がないので禁煙しているが、ここでは自由だ。武之内はいつものようにタバコを吸いながら、車をアパートの入口まで乗り付けた。
と、そこには手荷物を下げた麻見がいつもとは違う白いコートで立っていた。
助手席のドアを内側から少し開け、
「はい」
と乗るように促す。
「あっ、すみません、ありがとうございます」
「…………」
緊張しているのが見てとれた。
「麻見……」
先に、本社の話をしておかなければならない。今なら静かだし、話を聞いてくれるだろう。
「…………、麻見?」
「えっ!? あ、はい!」
うるさいほどの声で返事をしたのはいいが。
「本社行きの件だけど、あれから何か連絡あった?」
「いえ……、何も……。内示がいつ出ますかね……」
「それなんだけど。高岡部長のアメリカ行きが決まってね」
「え!?」
「海外進出のプロジェクトリーダーになって、営業二部の部長も替わるから。麻見の異動の件は一旦白紙になったって課長から電話があった」
あまりにも静かになったので、気になって何度も隣を見た。だがその顔はさらりと流れた髪の毛のせいで見えず、何も読み取れない。
「…………さ、最近の話ですか?」
数分経って、ようやく話が再開された。
「うん、今日。それに麻見は病気に専念しないといけないし、シフト組んでもまともに出られない可能性があるから。とりあえずいつ休んでもいいように、メインから外れてもらう」
「…………」
「倉庫のバイトの女の子をレジに回すから、麻見はレジから倉庫に代わってもらう。倉庫はとりあえずバイト1人でもいけるから、体調が悪かったら無理せず…………」
「…………」
吐息のような声が聞こえたので、隣を見る。丁度対向車のライトで頬が濡れているのが分かった。
泣いていた。
どういう理由か分からなかったので、
「倉庫は嫌?」
「…………、い…………」
声がよく聞き取れない。
「本社に行きたかった?」
「…………、…………」
どちらも違うのかもしれない。
詮索しても、事態は変わらないし、国からあんな書類が来てサインした以上、絶対に無理をさせるわけにはいかないのでまずは倉庫に行かせるしかない。
そこから、言うことを聞くように躾け、レジに上げてやるのが一番良い。
「麻見、もう着くよ。…………どうかした?」
自宅とは反対方向に走ってきたので、今更その気にならないと言われるのも面倒だが仕方なく聞いた。
「……いえ……」
小さく返事が帰ってきて、とりあえずは安心する。
(2/19)
閉店30分後の清算作業は既に大半終わっていた。2月下旬はまだ学生のシングル一式需要も少ないので、一年で最も暇な月とも言える。
連日そうだが、今日も早く帰れそうだとみんな笑顔で作業を行っている。麻見もそのうちの1人だった。
数分の間、福原と無駄話をしてようやく1人になった所で、
「麻見」
少し離れた所から、呼び止めた。
「無料券届いたよ」
麻見はすぐに目を逸らし、固まった。
「どうする? 俺が休みなのは、明日明後日の連休と来週の火曜と木曜だけど」
周りに人がいないことは確認済みだ。
「……ど、どうしましょう……私も明日、休みですけど……」
前もって一応シフトは確認していたので、
「あそう」
「あっ、あの、明日……とかというか、でもあれですよね。泊りなんだから、夜ですよね」
「無理に泊まらなくてもいいけど」
「あっ……でもあの、今日……とかは無理ですよね。とっ、つぜんですしね……」
「まあ、いいけど。逆に僕は連休前の方が楽だけど」
「あっ、あ、そうですか……へー……」
話はまだ途中のはずだが、麻見は作業を開始し始めた。
「今日がいいの?」
念を押して聞く。
「いやあの、……でも早めがいいですよね」
あぁ、言ってたな。
「……じゃ、そゆことで」
俺は、話はまとまったものだと、後ろを向いた。
「えっ!? そっ、ゆことって!?」
自ら話をまとめたはずなのに、何故あたふたした声を出すんだと不思議に思いながら、
「鍵閉めたら連絡するから。家で準備とかあるんならしてきたら?」
「えっ!? あっ……そゆこと……」
そういうこと以外にどういうことが予想できるんだと疑問を抱きながら、店長室へ向かう。
しかし、あのおどおどした態度は病気じゃない、性格だろう。
その後30分弱で通常通りの作業を行い、最後に鍵を閉める。
車まで歩き、駐車場で最後の一台になってから、麻見に電話をかけた。
「もしもし、今終わったけど」
『あっ、はい! すぐに行きます!!』
「そっちまわる。そこの見えてるアパートだろ? 入口まで行くから」
『えっ!? あっ、はい!! すみません!!』
会社は喫煙室がないので禁煙しているが、ここでは自由だ。武之内はいつものようにタバコを吸いながら、車をアパートの入口まで乗り付けた。
と、そこには手荷物を下げた麻見がいつもとは違う白いコートで立っていた。
助手席のドアを内側から少し開け、
「はい」
と乗るように促す。
「あっ、すみません、ありがとうございます」
「…………」
緊張しているのが見てとれた。
「麻見……」
先に、本社の話をしておかなければならない。今なら静かだし、話を聞いてくれるだろう。
「…………、麻見?」
「えっ!? あ、はい!」
うるさいほどの声で返事をしたのはいいが。
「本社行きの件だけど、あれから何か連絡あった?」
「いえ……、何も……。内示がいつ出ますかね……」
「それなんだけど。高岡部長のアメリカ行きが決まってね」
「え!?」
「海外進出のプロジェクトリーダーになって、営業二部の部長も替わるから。麻見の異動の件は一旦白紙になったって課長から電話があった」
あまりにも静かになったので、気になって何度も隣を見た。だがその顔はさらりと流れた髪の毛のせいで見えず、何も読み取れない。
「…………さ、最近の話ですか?」
数分経って、ようやく話が再開された。
「うん、今日。それに麻見は病気に専念しないといけないし、シフト組んでもまともに出られない可能性があるから。とりあえずいつ休んでもいいように、メインから外れてもらう」
「…………」
「倉庫のバイトの女の子をレジに回すから、麻見はレジから倉庫に代わってもらう。倉庫はとりあえずバイト1人でもいけるから、体調が悪かったら無理せず…………」
「…………」
吐息のような声が聞こえたので、隣を見る。丁度対向車のライトで頬が濡れているのが分かった。
泣いていた。
どういう理由か分からなかったので、
「倉庫は嫌?」
「…………、い…………」
声がよく聞き取れない。
「本社に行きたかった?」
「…………、…………」
どちらも違うのかもしれない。
詮索しても、事態は変わらないし、国からあんな書類が来てサインした以上、絶対に無理をさせるわけにはいかないのでまずは倉庫に行かせるしかない。
そこから、言うことを聞くように躾け、レジに上げてやるのが一番良い。
「麻見、もう着くよ。…………どうかした?」
自宅とは反対方向に走ってきたので、今更その気にならないと言われるのも面倒だが仕方なく聞いた。
「……いえ……」
小さく返事が帰ってきて、とりあえずは安心する。