徹底的にクールな男達
♦
「えっ??」
今まさに、射精しようとしている武之内を下から見上げながら、麻見はとっさに身体を起こした。
「はあ……」
大きく息を吐き、陰毛付近に吐精し終えている。
「……」
一旦、お互い目が合った。武之内は若干バツが悪そうに、
「ティッシュ……」
と目を逸らす。
「あの……」
汚れたそこをティッシュで拭いているその骨ばった手を見ながら、麻見は低い声を出した。
「あの、そんなわけないと思うんですけど」
「……」
武之内はティッシュを丸めながら無言でこちらを見た。
「ゴムつけてなかったんですか?」
つけてないことは明白だったが、どんな言い訳をするだろうと睨んで見上げた。
「持ってなかったし」
「えぇ?」
武之内も同じぐらい無表情だったので、麻見は目を逸らして顔を曇らせた。
「持ってた?」
逆に聞いてくるので、
「持ってませんけど! でも、そういうのって大体男の人が持ってるじゃないですか!」
「人によるんじゃない?」
うわもう……最悪……。なんなのこの人!?
自分が絶対的に悪いくせに。持ってなかった私が悪いみたいな!
「普通つけません!? 私のことなんかどうでもいいと思ってるんでしょうけど。それってあまりにもひどくありません?」
「別にどうでもいいと思ってるからつけなかったとか、それとこれとは関係ないでしょ……妊娠しないでしょ。したことないし」
「…………」
いつも通りの無表情の上に、いつも通りの平常心なので何も読めはしない。
「……妊娠しないんですか。ゴムつけてなくても」
「少なくとも俺はいつもつけないけどね」
「でもそれは相手が彼女だからでしょ!? なんかあっても責任とれる彼女だからつけてないんでしょ!? それと、今の私とは全然違うじゃないですか! 万が一妊娠してたら私、どうしたらいいんですか!? 惰ろしたらいいんですか? 私のことなんかどうでもいいから、私が惰ろすとかそういうの全く関係ないんですか!?」
「いやまあ、しないと思ってるし……麻見も直がいいって言うからそれに応えたまでだけど」
なんかすんなりこじつけられてる……。
最低だ、この人……。
言い終えて1人納得したのか、武之内は静かにタバコをふかせ始めた。涙が出てくる。信用して、サインまでして身体を預けたのに。
「私がバカでした。上司だからって……」
溢れて、止まらなかった。
「……そんなに心配なら病院行ってみる?」
「気軽に言わないでください! 私は、まさかこんな風に……。私は、武之内店長なら、ちゃんとしてくれると思ったから……」
「そこまで言うんなら、持参するべきじゃない?」
それも確かに一理あるけど。
「……じゃあ聞きますけど、私が妊娠してたらどうしてくれるんですか?」
どうしてほしいとも思わなかったけれど、聞かずにはいられなかった。
「……どうしたいの?」
何なのその切り替えし……。
「一緒に産んで育てて行ってくれるんですか!? そういうつもりでしたんですか!?」
「いやだから、僕は妊娠しないものと思ってつけてなかったからね」
そうでしたね。
「…………そうでしたね……」
悲しすぎでしょ。
「最低……」
涙が溢れて止まらなかった。
「いくら私のことどうでもいいと思ってたってそれはないでしょ……。そんなに私が嫌ですか。じゃあなんてサインしたんですか」
「いや、僕は麻見が困ってたら最後の手になろうという気持ちでサインしたからね」
「最後の手だから、少々のことは構いませんもんね」
「…………」
もう嫌だ。帰りたい。だけど、涙が溢れて、止まらなくて。
「……次からはつけるよ。買って来る」
次って何……?
「もういいです……。
武之内店長……酷いですよ。ずっと冷たいって思ってたけど、私みたいなできない子に用はないんだって思ってるんでしょうけど」
「そんなこと、思ったことないけど」
抑揚のない声が聞こえた。
「だっていつも冷たいじゃないですか! 私が何言ったって否定するし! 私のことなんか何も信用してくれてないし! 全然聞いてくれないし! ファイルの件だって、倉庫には行ってないって何度も言ったのに」
「…………行ってないと思ってたけど?」
「行ってないかって何回も聞いてきたじゃないですか。行ってないって言ってるのに。信用してないじゃないですか」
「……そんな言ったかな? いやまあ、記憶違いということもあるから念のために聞いただけだと思うけど」
「そうなんですか」
頬を涙が伝った。
「…………仕事できない私が悪いんだけど…………」
「いや別に……誰もそんなこと言ってないでしょ?」
「そういう目でいつも見てるじゃないですか! だから私、嫌われてると思ってあんまり話しかけないように気を付けてて……」
「…………」
「だけど、今回サインしてくれて、そうじゃなかったんだって思った……」
「まあ誰のことであれサインはして協力するだろうけど。そこに、特別な感情抱いたって仕方ないからね。相手は病人で、割り切ることが前提になってるんだから。しかも部下だし。僕もそれなりに配慮はしたつもりだよ」
「どこがですか」
さすがに言い方がきつすぎたかもしれない。
武之内はタバコを灰皿に押し付け、黙ってしまった。
「……検査には一応行きます」
「アフターピル処方してもらう?」
「なんですか、それ?」
「……した後に飲んで避妊する薬。避妊率は高いみたいだし」
「…………そんなの聞いたことないです。身体に悪くないんですか?」
「うんまあ、要は精子を殺す薬だから、女性の身体にはあんまり関係ないんじゃないかな」
「そうですか」
悲しかった。話しても、話しても。何も解決しない。
帰りたいのに、動けなくて、涙がただ溢れてしまう。
「……そんなに泣かないで……。病院は一緒に行くから」
「……いいです」
ついて来て欲しくない。
「自分で行ける?」
「行けます。いいです」
「あそう……」
瞼が重い。身体も疲れているし、そのまま眠ってしまいたいくらいなのに。頭は冴えて仕方なかった。
武之内はどうなのか、再びタバコを手にし、煙を吸いながら遠くを見ている。
ふいに目が合った。
「帰る?」
聞かれたので、意地で答えた。
「自分で帰ります」
「自分で? タクシーで帰るの?」
「、はい」
「危ないよ……もう夜遅い。送るよ。通り道だから」
ついでで済まさせるのも気分が悪い。
「いいです。自分で帰ります。ロビーにタクシーいますよ、多分」
「まあ……いるね」
「えっ??」
今まさに、射精しようとしている武之内を下から見上げながら、麻見はとっさに身体を起こした。
「はあ……」
大きく息を吐き、陰毛付近に吐精し終えている。
「……」
一旦、お互い目が合った。武之内は若干バツが悪そうに、
「ティッシュ……」
と目を逸らす。
「あの……」
汚れたそこをティッシュで拭いているその骨ばった手を見ながら、麻見は低い声を出した。
「あの、そんなわけないと思うんですけど」
「……」
武之内はティッシュを丸めながら無言でこちらを見た。
「ゴムつけてなかったんですか?」
つけてないことは明白だったが、どんな言い訳をするだろうと睨んで見上げた。
「持ってなかったし」
「えぇ?」
武之内も同じぐらい無表情だったので、麻見は目を逸らして顔を曇らせた。
「持ってた?」
逆に聞いてくるので、
「持ってませんけど! でも、そういうのって大体男の人が持ってるじゃないですか!」
「人によるんじゃない?」
うわもう……最悪……。なんなのこの人!?
自分が絶対的に悪いくせに。持ってなかった私が悪いみたいな!
「普通つけません!? 私のことなんかどうでもいいと思ってるんでしょうけど。それってあまりにもひどくありません?」
「別にどうでもいいと思ってるからつけなかったとか、それとこれとは関係ないでしょ……妊娠しないでしょ。したことないし」
「…………」
いつも通りの無表情の上に、いつも通りの平常心なので何も読めはしない。
「……妊娠しないんですか。ゴムつけてなくても」
「少なくとも俺はいつもつけないけどね」
「でもそれは相手が彼女だからでしょ!? なんかあっても責任とれる彼女だからつけてないんでしょ!? それと、今の私とは全然違うじゃないですか! 万が一妊娠してたら私、どうしたらいいんですか!? 惰ろしたらいいんですか? 私のことなんかどうでもいいから、私が惰ろすとかそういうの全く関係ないんですか!?」
「いやまあ、しないと思ってるし……麻見も直がいいって言うからそれに応えたまでだけど」
なんかすんなりこじつけられてる……。
最低だ、この人……。
言い終えて1人納得したのか、武之内は静かにタバコをふかせ始めた。涙が出てくる。信用して、サインまでして身体を預けたのに。
「私がバカでした。上司だからって……」
溢れて、止まらなかった。
「……そんなに心配なら病院行ってみる?」
「気軽に言わないでください! 私は、まさかこんな風に……。私は、武之内店長なら、ちゃんとしてくれると思ったから……」
「そこまで言うんなら、持参するべきじゃない?」
それも確かに一理あるけど。
「……じゃあ聞きますけど、私が妊娠してたらどうしてくれるんですか?」
どうしてほしいとも思わなかったけれど、聞かずにはいられなかった。
「……どうしたいの?」
何なのその切り替えし……。
「一緒に産んで育てて行ってくれるんですか!? そういうつもりでしたんですか!?」
「いやだから、僕は妊娠しないものと思ってつけてなかったからね」
そうでしたね。
「…………そうでしたね……」
悲しすぎでしょ。
「最低……」
涙が溢れて止まらなかった。
「いくら私のことどうでもいいと思ってたってそれはないでしょ……。そんなに私が嫌ですか。じゃあなんてサインしたんですか」
「いや、僕は麻見が困ってたら最後の手になろうという気持ちでサインしたからね」
「最後の手だから、少々のことは構いませんもんね」
「…………」
もう嫌だ。帰りたい。だけど、涙が溢れて、止まらなくて。
「……次からはつけるよ。買って来る」
次って何……?
「もういいです……。
武之内店長……酷いですよ。ずっと冷たいって思ってたけど、私みたいなできない子に用はないんだって思ってるんでしょうけど」
「そんなこと、思ったことないけど」
抑揚のない声が聞こえた。
「だっていつも冷たいじゃないですか! 私が何言ったって否定するし! 私のことなんか何も信用してくれてないし! 全然聞いてくれないし! ファイルの件だって、倉庫には行ってないって何度も言ったのに」
「…………行ってないと思ってたけど?」
「行ってないかって何回も聞いてきたじゃないですか。行ってないって言ってるのに。信用してないじゃないですか」
「……そんな言ったかな? いやまあ、記憶違いということもあるから念のために聞いただけだと思うけど」
「そうなんですか」
頬を涙が伝った。
「…………仕事できない私が悪いんだけど…………」
「いや別に……誰もそんなこと言ってないでしょ?」
「そういう目でいつも見てるじゃないですか! だから私、嫌われてると思ってあんまり話しかけないように気を付けてて……」
「…………」
「だけど、今回サインしてくれて、そうじゃなかったんだって思った……」
「まあ誰のことであれサインはして協力するだろうけど。そこに、特別な感情抱いたって仕方ないからね。相手は病人で、割り切ることが前提になってるんだから。しかも部下だし。僕もそれなりに配慮はしたつもりだよ」
「どこがですか」
さすがに言い方がきつすぎたかもしれない。
武之内はタバコを灰皿に押し付け、黙ってしまった。
「……検査には一応行きます」
「アフターピル処方してもらう?」
「なんですか、それ?」
「……した後に飲んで避妊する薬。避妊率は高いみたいだし」
「…………そんなの聞いたことないです。身体に悪くないんですか?」
「うんまあ、要は精子を殺す薬だから、女性の身体にはあんまり関係ないんじゃないかな」
「そうですか」
悲しかった。話しても、話しても。何も解決しない。
帰りたいのに、動けなくて、涙がただ溢れてしまう。
「……そんなに泣かないで……。病院は一緒に行くから」
「……いいです」
ついて来て欲しくない。
「自分で行ける?」
「行けます。いいです」
「あそう……」
瞼が重い。身体も疲れているし、そのまま眠ってしまいたいくらいなのに。頭は冴えて仕方なかった。
武之内はどうなのか、再びタバコを手にし、煙を吸いながら遠くを見ている。
ふいに目が合った。
「帰る?」
聞かれたので、意地で答えた。
「自分で帰ります」
「自分で? タクシーで帰るの?」
「、はい」
「危ないよ……もう夜遅い。送るよ。通り道だから」
ついでで済まさせるのも気分が悪い。
「いいです。自分で帰ります。ロビーにタクシーいますよ、多分」
「まあ……いるね」