徹底的にクールな男達
(2/21)
 タクシーで帰宅すると午前3時を過ぎていたので、翌日は一日中寝ていた。

 夕方になって起きだして、病院へ行かなければいけないことと、明日仕事だということを思い出したが身体は動かなかった。

 スマホを見ても、武之内からの連絡は何もない。

 連絡があったからといって、納得できるものではないけれど。

 夜はだらだら過ごして、朝、また遅く起きだした。

 朝一の出社で午前9時には行かなければならなかったが、無断欠勤した。

 三笠から電話が鳴ったが、無視する。

 10分ほど経って、武之内からも連絡があったが気付かないふりをした。

 今日は病院へ行かなければならない。どこの病院へ行こう。病院に行って何をされるんだろう。アフターピルなんて本当にあるんだろうか。

 様々な疑問が浮かんだが誰に相談することもできなかった。

 インターネットで検索することもできたが、嘘か本当か分からない情報に惑わされるのも嫌で、また、そんなものを一々確認する気にもなれず、炬燵に入ったまま一時間がすぐに経過した。

 テレビもつけず、時々涙を流しては、拭いての繰り返しで。

 瞼は腫れあがり、どこにかに行けるような状態ではない。

 ピンポーン。

 突然インターフォンが鳴る。

 だけど、誰が相手でも居留守を決め込もうと息をひそめた。

 次いで、携帯電話が鳴る。 

 ディスプレイを見ると、武之内だった。

 まさか、外にいる!?

 麻見は、音を消して玄関の覗き穴から外を見た。

 そこにいたのは……。

 スマホを耳に当てた武之内であった。

 一瞬、目が合う。

 向こうからこちらは見えていないのでそんな気がしただけだろうが、麻見は観念してドアを開けた。

開ける瞬間、自分が今パジャマで、目も腫れて頭もボサボサだということを思い出したが、全てが全て武之内のせいなのでむしろ病んでいることを少しは気にしてほしいとそのままにした。

「…………」

「体調悪いの?」

 武之内は聞きながら、後ろでで玄関のドアを閉めた。

 無断欠勤のことを言いたいようだ。

 途端に、開けたことを後悔する。

「病院行った?」

「……び……」

「……うん……」

「病院に行こうと思って。休みを……」

「三笠副店長が心配して僕に電話かけてきたから。休みだと思うとは伝えたよ」

「………」

 「無断欠勤してすみません」。言葉が浮かんだが、言うのが嫌で口を閉ざした。

 あんなにひどいことをされて、今、たかが無断欠勤のことで頭を下げるなんてこと、できるはずがない。

 だけど「どうせ、麻見のことだから無断欠勤だろう」と武之内に予想されていたことに涙が流れた。あの時何もなかったら、今日だって休まずに済んだのに。

「病院に送るよ。早めに行かないといけないから」

「……ですね、明日も休まないといけないとかになると、シフト組み直さないといけませんしね」

「そうじゃなくて。3日以内だよ。薬が効くのは」

「え?」

 何の知識もない麻見は、顔を上げた。

「受精する前に薬で殺さないと意味がないから」

「え? え? 3日……今何日だっけ??」

「2日目。今日中に行かないと」

「え……」

 え、待って。今日本当に2日目? 本当にそうだろうかと、途端に不安になる。日にちがすぎていたとしたら……。

「車乗って。送るから…………麻見?」

 俯いたままの麻見の方に、武之内が手を伸ばしてきた。

「触らないで」

 まだ触れられてはなかったが、反射で手を払った。

「もう私、仕事辞めます……」

 『無断欠勤するような奴なんか早くやめろ』と思われているような気がして、全てを無にしたくて言った。

「まあまあ。落ち着いて」

「別に無断欠勤したかったわけじゃ……」

「あぁ。寝過ごしたかなんかでしょ? 体調悪いから仕方ないんじゃない? そういうこともあるよ」

 かけてくれる言葉がいやに優しくて、素直になれない。

「そんなことない。私のことだから、無断欠勤くらいすると思ってる」

「いやそんなの思ってないって。そんなこと今までなかったでしょ? 今は体調悪いから仕方ないよ」

「…………」

 玄関先で1人、涙が溢れて止まらなかった。

 無理すれば出社できたし、連絡くらい余裕でできた。

 だけどもう、会社には関わりたくなくて。

「どうしたの?」

 武之内が少ししゃがみ、顔色を伺っているのが気配で分かる。

「……会社……行かない……」

 嗚咽の中で、小さく呟いた。

「……うん……、まあそれはそれでいいとして。今日は病院に行こう。一応保険証だけ取っておいで。ここ寒いから冷えるよ」

 武之内は一度溜息をついてから、

「外で待ってるから」

 それだけ行って出て行ってしまう。

  


 着替えてコートを羽織り、保険証が入ったバックを手に玄関を出た。そんな気にはなれなかったので、化粧は何もしていない。

10分くらいは待たせただろうか。武之内は車の外でタバコを吸っていた。なんだかまるで、私がストレスを与えているみたいで途端に視線が下がる。

 武之内はこちらに気付くとすぐに携帯灰皿の中に吸殻を捨て、走ってこちらに寄ってきた。

「!?」

 右隣に立ったなと思ったら後ろから左腕に触れて来たので、

「えっ!? なんですか!?」

慌てて腕を引っ込めたが、

「ふらついてる」

 と腕をぐっと掴み、自らの方へ引き寄せた。

「…………」

 振り払えなかった。

 ふらついているつもりは全くなかった中で、武之内は何を感じたのだろう。

 ほんの10メートルほどその恰好で歩くと、ドアを開け、助手席に乗せてくれた。

 次いで、自身も運転席に乗り込む。

 エンジンをかけて、暖気のつもりか少し間が空いた。

「麻見」

 静かな中、武之内の声が響く。

「悪かった………」

 「そんな一言が聞きたかったわけじゃない」

 言おうとして、やめた。

 私が聞きたかったのは、その一言だったような気がした。

「病院はネットで色々調べたんだけど。あんまり遠いと何かあった時に困るから近くに行くよ」

「……はい……」

 あんなにいつも怖い顔をして、怯えさせる存在だった武之内が、今はしゅんとなっている。何をしても、怒りそうにない。

 病院へ行ける安心感からか、疲れからか、涙が出た。

「自分では行けなかった? 病院」

 聞かれたが、だるくて答えられなかった。武之内が優しく接してくれるのならば、後のことはどうでもいい。

 そんな気がして、涙も拭かずただ目を閉じていた。
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