徹底的にクールな男達

囚われの身

♦(3/7)
 自宅アパートから歩いて30秒のところに職場があり、1分の所にコンビニがある。スーパーは自転車で3分。コンビニとスーパーに行く回数は半々くらい。

 だけど今、会社に申請休みをもらって体調不良を理由に長期休暇をとっている以上、会社の人と一番顔を合わせやすいコンビニに行く気にはなれない。かといって自転車を乗り回しているところを見られるのも嫌だ。

普段自炊をあまりせず、冷蔵庫に何の備蓄もない麻見は色々考えた末、深夜まで待ってコンビニに出向くことにした。

 できるだけ買い物の数を減らすために、カゴいっぱいに買わなければいけない。パンや冷凍食品、スナック菓子や飲料水をある程度思い浮かべながらジャージの上にコートを羽織って家を出る。

 夕食は食べたい物が家になくて、お菓子で凌いでいるので今はお腹も空いているし、昼頃からプリンが欲しくて仕方ない。

すぐそこにあるのに口に入れることが出来ず、自由を奪われているということはこういうことなのかもしれない。と、無駄に不自由を感じながら街灯の灯りを頼りに、麻見は1人コンビニを目指していた。路地はあまり灯りがないが、角を曲がればすぐに大通りになり、店も見え明るくなってくる。

 早歩きで、閉まっている洋食屋前を通り過ぎて角まで歩き、曲がろうとした所で反対方向にある公衆電話の明かりに気づいた。

 すぐに人影に気付いて足を止める。

 公衆電話はボックスで囲まれているわけではなく、むき出しの電話だけが置いてあるタイプで人が隠れられるような場所ではないが。その人影は電話機の脚元をそろりと物音を立てないように、どう見ても隠れるように、潜んでいた。

よく見ればグレーのスーツを着ており、不審者という風貌ではないが、行動が明らかに怪しい。

 麻見は不安に感じて速足で角を曲がろうとした。

 その瞬間、大通りから車が入ってきて真っ直ぐ突っ切り、一瞬だけスーツの男が明るく光った。

「………!」

 葛西の使いの、怖い男だ。

 見間違えではない。

 車のライトで顔がよく見えた。

 何をしているのか知らないが、何かから逃げているようだ。

 どうしよう。

 男はまだ、電話機に隠れるようにしてその奥の暗闇を伺っている。

 どうしよう。何してるんだろう……。鈴木も近くにいるんだろうか……。

 麻見は迷いに迷いながら、電話機の方をしばし伺った。

「!?」

 その気配に気づいた男は、目が合うなり相当驚いた顔で身体を震わせ、すぐに目の前まで走ってきた。

 怖くて一歩引いたのに、少し離れた位置から肩を掴まれ、身体が縮こまった。

 長髪の黒髪をなびかせながら息を乱し、左右を確認した男は、今度は古びた洋食屋の影に強引に麻見を引きずり込んだ。

「なっ!!」

 無理矢理掴まれた肩が、ただ痛い。

「ワッ!!」

 何で私が!!!

「黙ってろ」

 上から小声で出された指示をすぐに理解し、息を止めた。

 男は堅い腕でぎゅうっと麻見の肩と頭を抱え込んでくる。

 息苦しい上に、息の音も制限され、窒息しそうになる。
 
男の腕の中でもがく中、目の前の道路を人が歩く音が聞え、男の力がより強まった。

 ゴンッ。

 すぐ側で鈍い音がした。

 途端、抱き込まれていた腕の力が一気に抜けた落ち、男は崩れるように倒れ、足元で動かなくなってしまう。

「えっ……えっ!?」

 慌ててしゃがみ、だらりと垂れた腕に触れた途端、背後から口元を押さえつけられた。

 すぐに鼻で息を吸いこもうとするが、大きな手で鼻の穴も塞がっていて、見る間に息が続かなくなる。

「やべ」

 頭がぼーっとして身体の力が抜け落ちた。

「おい気を付けろ」

 どこからか、おじさんの声がする。

「というより、そっち、死んでません?」

 次の若い男の声に、意識は薄れつつあったが、男が死んだかもしれないという不安感で一気に目が覚めた。

「死なねーよ」

「いやもう動かないっしょ。縛らなくても」

「こいつは首切ったって暴れるんだよ」

「へー。ゴキブリみたいだ。知ってます? ゴキブリって……」

「おい、早く女車に放り込んでこっち持て! 手足縛っときゃどうにかなるだろうがすぐ生き返るぞ!」

「んなビビんなくったって……」

 おそらく若いであろう男に抱きかかえられた麻見は、ワゴン車の後部座席に思ったより丁寧に座らされた。

続いて葛西の使いの者であるスーツの男は、白髪の年配の男に頭の方を持たれ、引きずられるようにして麻見の足元に投げ置かれた。

足に髪の毛が触り、慌てて引っ込める。

「ところであんた、誰?」

 最後部座席に腰かけた若い男が、呑気に話かけてきた。

 年配の男は助手席に座り、運転席にはまた別の男がいるようだった。

「えっ……」

 誰って、誰って何よ!?

「だ……黙っとけ……」

「うわ、生きてた!!」

 足元からの苦し紛れの男の小声に、若い男は大声を出して驚き、すぐに麻見の隣に回り込んだ。

「一応女も縛っときますよ」

助手席に向かって言いながら、麻見の手首を後ろで掴みロープを引っかけてくる。

「何で南条が喋ったら女を縛るんだよ」

「いや、フツ―そうでしょ!? 流れ合ってるでしょ! なあ?」

って、私に聞かれても、私、縛られてる側なんですけど。

「ちょっと痛いかもだけど我慢してねー」

 若い男は縛るのに慣れていないようで、手首は全く痛くはなく、むしろ捩じれば解けそうだ。

「俺も縛りの練習しなきゃな。……ヤスさん、やっぱ女縛るのもうまいんスか?」
 
 若い男は再び助手席に向かって聞いたが、

「なんで女なんか縛るんだよ。馬鹿じゃねぇのか? 俺を変態と一緒にすんな!」

 運転席からは小さな笑い声が聞こえた。

「いや、女縛ったから変態ってわけじゃないよ、今の時代。なあ? あんた、縛られたことくらいあるよな?」

 いやだから、何で私に聞くの??

「え、いや……」

「ねえの? 童貞ばっか相手にするタイプ? 」

 なんなの、どっからどう見たらそうなるわけ……。

「うるせー。黙ってろ!」
 
 助手席からの怒声に、麻見は同じ気持ちで溜息をついた。

 これ以上話しかけられないように、窓のカーテンに頭を擦りつけるように体重をかける。

足元では、時々男が動き、その度に目をやった。

名前は「ナンジョウ」か……。

 外からのネオンの光で、カーテンの隙間から時々灯りが差し込んでくる。

 南条はグレーのスーツに茶色の革靴だったのだろうが、片足は脱げてなくなり、黒いソックスになっていた。

 そのままどのくらい走ったか、どこを走ったかも分からない中でようやく車は、あるビルの地下駐車場で停車した。

「そ、そいつは降ろしてやってくれ」

 南条の、掠れるような声に全員が一旦停止した。

「何もしねぇよ」

 年配の男は答えるなり、助手席から降りて後部座席のスライドドアを開けた。

 他の車は全く停車していない。先に南条が引っぱられ、次いで若い男に「こっち」と指示されるがままに、歩いて車を降りる。

 なんとか自力で歩く南条の後手を取っている年配の男は、エレベーターまでくると何の迷いもなくボタンを押した。そしてポン、と高い音が鳴るなり、麻見、南条、年配の男、メガネの運転手の4人を乗せて上へ上がった。





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