徹底的にクールな男達
「女も一緒で大丈夫ですか?」

「逆に頭(かしら)に見られた時の方が面倒臭ぇよ。素人好きだから」

「あぁ……どっちもどっちですね」

 年配の男と運転手は、麻見と南条を何もない小部屋に放置し、恐ろしい相談をしながら扉を閉めてしまう。

「おい、見張っとけ!」

 その一言を最後に鍵も完全にかけられた。

 手と足を縛られた南条と麻見は、薄暗い部屋の中で2人寝転がってしばらく外の様子を伺ったが、何の物音も聞えない。室内はとても冷えていて、たまたま温かいジャージに分厚いソックスを履いていたことがこの上ない幸運だった。

「お前、鈴木の女だな」

 先に南条が口を開いた。

「す、鈴木さんの女ではないですけど……。あの、あなたは葛西さんの使いの人ですよね? 一回だけお会いしましたよね?」

 南条はその問いには答えず、

「おい。手こっち持ってこい。ロープを噛み切ってやる」

「え!? これ……噛み切れるんですか!?」

 縛られている感触で分かるがロープはビニール製でしかもかなり太く、噛み切るなど到底不可能なように思われた。

「それができなきゃお前は汚ねぇおっさんに売られて、ヤク漬けにされて終いだ。それでもいいんならここで1人いろ」

「えっ!? な、そんな何で私が!!……」

 聞くより早く想像したくもない汚いおっさんが頭に現れ、麻見は身体を捩じって南条の顔面に後ろ手で縛られた手首を差し出した。

 ゴキブリという名が確かに南条にぴったり当てはまる気がしたが、今はそんな冗談を言って和んでいる場合ではない。

 南条も身体を動かして、手首の辺りに顔を移動させている。後ろ手で縛られているので背後の感覚がよく分からないが、本気で噛み切る気があるのは間違いないようだ。

「ふんっ…………はぁ、はぁ」

 南条がロープと奮闘する音が、狭い部屋の中に響いた。時々、歯や唾が手に当たって気持ち悪かったが、そんなことを気にするそぶりなどもちろんできない。

「……あの、1つだけ聞きたいんですけど」

 口が疲れたのか、合間で荒い息をしながら休んでいる途中、麻見は問うた。

「なんだ」

 南条は鬱陶しそうに答える。

「どうしてここで縛られてるんですか?」

 ヤクザの南条が監禁されていてもそれほど驚きはしないが、完全に巻き込まれた形になった麻見は、流れをつかんでおこうと、今更ながら聞いた。

「……お前が、近付いてきたから……」

 南条はそこで黙ってしまうが。

 ちょっとそれ、私のせいにしてません?

「な、なんか用があるのかもって思ったんですか?」

「一度だけだが会ったことがあったし、そう思うだろ」

「まあ……」

 そんな……どんな理由だよ……。

 南条はそこで身体を若干仰向けにし、大きく溜息をついた。

「鈴木とはどうなってる。最近あいつ、事務所でずっと寝泊まりしてるぞ」

「どうって。最初からどうもなってませんけど。鈴木さんの彼女になってもないし、別れたわけでもないし。しばらく同居してただけです。結果からいうと」

「ふぅん」

「で、南条さんはなんでここで監禁されてるんですか? なんかされるようなことがあったんですか?」

「……仕事の延長だよ」

 そう言われれば、全てが納得がいく。

「この後私、どうなるんだろ……」

「言っただろ」

「…………、…………ロープ、早く切った方がよくないですか?」

「硬すぎてなかなか切れねぇんだよ! 切れたところで、扉は開かねぇ。開いたところで、外には若いガキがいる。俺も頭をだいぶやられているからな。今は立ち上がれる気もしねぇよ」

「…………ち、ちなみに」

 麻見は勇気を出して聞いた。

「誰か助けに来てるんですか? 南条さんが行方不明になったこと、誰か知ってるんですか?」

「飲みに行くって言って出て来ちまったからな。丸一日連絡とれなくても酔いつぶれてると思われるだろうよ」

「…………」

「お前こそどうなんだ?」

「……私、1人暮らしでしかも、仕事も二週間の休暇とったばかりですから」

「チッ…………休みすぎだろ」

 南条は床に頭をつけながらも上から目線で、

「鈴木の女になっときゃよかったもんを」

「だって合いませんもん。鈴木さんが何考えてるのかあんまり分かんないし」

「否定はしねぇが」

「はあ…………」

 2人揃って溜息をつく。

「…………身体がもっと柔らかかったらなあ、口で脚の紐解けるのに」

「………バカが……。脚の紐解いたって手が解けなきゃ出られねーだろーが」

「あ」

「確かにお前と鈴木は合ってないだろうな」

 そう言われて腹が立ち、自力でロープを解こうと両手に力を入れて思い切り捩じった。



どのくらい時間が経っただろう。

 30分くらいかもしれないし、4、5時間経ったのかもしれない。

 辺りはずっと薄暗く、南条の高そうな腕時計も倒れた拍子に壊れたようで、停止していて時間が全く分からない。

 もし、本当に4、5時間経ったのなら朝になっているはずたが、あいにく小部屋には窓がないし、外からの物音も一切聞こえない。

 それでも南条は時々休憩を取りながらロープを噛み切ろうとしていた。ビニールでできた太いロープはほんの少しだけ傷がついたようだが。正しく言えば、薄暗くて、そんな気がしただけにすぎないのかもしれなかった。

「はあ……」

 南条が再び休憩につく。唾や汗で手はベトベトで最初はハンドソープで洗いたい気分だったが、今はその気持ちも薄れていた。それよりも、ロープを切ることの方が先決だ。

 カチ。

 静かな中、確かに聞こえた。ドアの鍵が開くような……。

 ガラガラガラ。

 引き戸がスライドされ、南条は素早く身体を起こした。

 入って来たのが男だということは分かるが、廊下が暗く、若い男か運転手か年配の男なのか、はたまた全く知らない男なのか検討もつかない。

「仲良く芋虫か」

 聞き覚えがある声が一瞬誰なのか分からなかったのに、助かったと即座に思った。

 そうだ、この声は……。

「後藤田さん!!」

 麻見は何度も呼んだ。

「後藤田さん、後藤田さん……」

 後藤田は、すぐに麻見の側にひざまづいた。

「ごとうださん……」

 涙が溢れて止まらなかった。何故後藤田がここへ来たのかは分からないが、助けに来たに違いない。

 多分きっと、会社の社長だから何か情報を聞きつけてやってきたんだろう。

 縛られたままそのスーツにすり寄り、涙を拭いた。

「……腕が痛かっただろ……」

 ナイフを取り出し、すぐにロープを切ってくれる。

 解放された腕はだるく、手首の皮膚は擦り切れていた。

 痛いのに、それに構わず抱き着いた。
 
 もうこの際、この人が何者だって構わない。

「奇跡の救出の演出は素晴らしいが、お前の隣にもそれを待ってる奴がいる」

 後藤田が南条のロープを解きたいと言っている事がもちろん通じたが、麻見はそれに構わずスーツを握り締めた。

「悪かったな。巻き込んで」

 言いながら、頭を撫でてくれる。

「間に合って良かった」

 麻見は更に手に力を込めたが、後藤田の右手は南条のロープをそのままの体勢で切っていた。

「あなたは……」

 南条が後藤田を見て驚いていることに、麻見は違和感を感じた。

「1つ貸しだ。もうじき葛西が来るだろう」

 葛西と後藤田がつながっていることを知った麻見は、世間は狭いと、ただスーツに抱き着いてぼんやり思った。

「さあ、出るぞ。俺もぐずぐずするわけにはいかん」

 言うなり、後藤田は麻見の背中と膝を抱え、お姫様抱っこをして立ち上がる。

「えっ、あっ、歩けますっ!」

 バランスが崩れそうで、慌てて後藤田の背中を掴んだが、こちらの話などお構いなしで。

「南条、立てるか?」

 南条はそれでもなんとか、立ち上がり、

「…………はい」

「肩くらいは貸せるぞ」

「あの、私は何もされてないんで自分で歩けますから、南条さん支えてあげてください」

「いえ……自分で歩けます」

 南条の言葉に納得した後藤田は無言で先に部屋を出たが。

「……あの、南条さん来てませんけど」

 後藤田は部屋を出てから後ろを振り返った。

「私、自分で歩けます」

「………俺から離れるな」

 後藤田は麻見を下ろすと、部屋に戻り、手を床についたまま膝立ちになっている南条の肩を抱いて立ち上げた。

「気が張ってたんですかね……さっきまでは元気でしたけど」

「お前と一緒なら尚更だろう。生きた心地がしなかったはずだ。自分1人なら逃げられても、お前がいることによって足を引っ張られる」

「し、仕方ないじゃないですか! やくざはこれが仕事かもしれないけど、私普通の人なんだし!」

「そうじゃない。南条ならお前を見捨てたりはしない、ということだ」

「……………」

 確かに、そうかもしれない。そもそも、南条は私が巻き込まれるのを阻止しようとした。

結果、巻き込まれてしまったけど。

 廊下は短く、後藤田から降りた麻見と南条の3人はすぐにエレベーターに乗って、下に降りる。

エレベーターは明かりが灯っており、眩しいくらいだった。
 
そこで、壁に全体重をかけてもたれ、目を閉じたままの南条をまじまじと見た。長い髪の毛は汗でべたつき、その隙間から血が流れているのが見える。

「……あの、この、目元とか拭きましょうか、血」

 聞いても目を開かず、血が伝ってきていることも今は考えられないようだ。

 麻見はとりあえず、パーカーの袖を少し引っ張ってその目元に当てた。

 薄い黄色なので、おそらくもう血はとれないだろうが、洋服が汚れるのを気にして何もしない自分の方が嫌だと思った。

「……」

 南条は薄く目を開ける。

「もしかして、輸血とかするんでしょうか?」

 麻見はエレベーターの階数表示を見ている後藤田を見上げて聞いた。

「この程度ではしないだろう。縫って寝てれば治るさ」

「あぁ……。良かったですね、南条さん。あ、でも時計壊れたのもったいなかったですね。すごく高そうな時計だったのに」

 後藤田と目が合い、

「な、何で笑うんですか。そりゃ社長の方がいい時計してるのかもしれないけど」

 麻見は後藤田の気持ちを察したつもりでフォローしたが、

「時計など時間が分かればそれでいい」

 意外にもあっさり引き、自らはロレックスをつけた左手で髪をかき上げたのであった。




 エレベーターを下りると、すぐに地下駐車場がガラスの扉越しに見え、「南条さん!」と大声で名前を呼びながら、走って来る数人の男の中に鈴木の顔が見えた。

「すんません、ありがとうございます。南条さん、しっかりして下さい!!」

身体の大きな男達が南条を譲り受け、後藤田も軽くなった肩をほぐしたいのか腕を回した。

視線を感じて見ると、鈴木がこちらを見ていた。

「何でここに?」

「……色々……あって」

「おい。お前は俺の車に乗れ」

 後藤田は言いながら先に駐車場に出た。

 その後ろからは、感謝の声が男達によって何度も繰り返される。

 麻見は迷わずその後ろについた。

 一度も振り返らずに。鈴木と南条の視線を間違いなく、感じていたのに。

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