徹底的にクールな男達




 
 それが正しかったんだと思う。

 例え、連れて来られたのが後藤田の自宅マンションの、寝室であったとしても。

 あの監禁室の鍵を後藤田が開けた時から、この運命は決まっていたのだ。

 呼吸を整え、ベッドの端でただ立てる。

 20畳ほどの洋室の大きなドレープカーテンの奥にある窓からは、下界ともいえる夜景が広く見渡せる後藤田らしい上品な雰囲気そのものであった。

「レスエストはどうなった。再検査には行ったか?」

 後藤田は、立ったままネクタイを取り、上着を脱ぎながら聞いた。

「行きませんでした。私がもらった原本には再検査って書いてなかったから……。でも会社にその、上司が……」

「フン……」

 ワイシャツとスラックス姿になった後藤田は、キングサイズのベッドにギッと腰かけサイドテーブルにあったタバコとライターを取る。変わらぬポーカーフェイスだが、一息吸って、吐き出すと若干眉が歪んで苦しそうであった。

「満足したか?」

 一体どういう質問だと、

「それは別に病気を治す上で関係ないんじゃないですか?」

 目を見て答えた。

「そんなことはない。充分関係している」

 射るような視線に、思わず目を逸らす。

「…………」

 確かに、感じないセックスでホルモンが出るはずはないが、それなりには感じた。しかし、アフターケアがなってなかったので、次回があるかどうかは今の所考えられない。

 だとしたら……。

 視線を上げると、後藤田もこちらをしっかりと見ていた。

「フッ……」

 何がおかしいのか、笑いながら煙を吐いて、まだ長いタバコをガラスの灰皿に押し付ける。

「まあ、それはいいとして……」

 言いながら、座り直すとベッドは大きく沈み、ただならぬ予感が全身を包み込んだ。

「何故、南条と一緒にいた」

 想像が先回りしすぎて、一瞬会話のテンポが遅れる。

 麻見としては、何故後藤田が南条と繋がっているのかの方が不思議だったが、今助けてもらった身分としては、相手の質問に答えるのが先だ。

「たまたま、家からコンビニに行こうとして。そしたら南条さんが公衆電話に隠れるようにしてて……」

「南条とはいつ知り合った?」

 声は、低く部屋に響く。

「それ言い始めると話が長くなるんですけど……」

「構わん」

 後藤田はベッドに上がり切り、大きな枕に背をもたせ、充分にリラックスしてから突っ立っているこちらを見た。

「去年の夏の話です。私、南条さんの上司というか……」

「葛西か?」

「あ、はい」

 葛西さんのことを知ってるんですか?と聞うとしてやめた。はぐらかされることが目に見えている。

「その人の車に自分の車をぶつけちゃって。それがすごく高い車で。でももう、修理しようにもパーツがなくて、新品弁償するしかなくなって。六千万も払えなくて。

葛西さんの言うことを聞いて、車代分働くことになったんですけど。その内容が、その付き人の鈴木さんという人と一緒に暮らすって事だったんです」

 簡潔に説明したいのだが、見られていると思うと噛まずに順番通りに話をする事しかできなくなる。

「で、その間で南条さんに一回だけ会ったんです。それで、その公衆電話で何してるんだろうと不思議に思って見てたら巻き込まれて。

でも、南条さんが一体何しようとしてたのか、私は何が起こったのかさっぱり分からなくて。あのまま後藤田さんがもし助けに来てくれてなかったら、私は売られるかもしれないって言われましたけど……売るとか売らないとか、そんなの本当にあるんですか?」

 後藤田は3秒だけ視線を逸らして考えて、

「…………、まあ、そのくらい言っておかないとお前には事の重大さが分からないと思ったんだろう」

「え。でもだって、わけ分からないですよ。何が起こってるのかさっぱり。どうせやくざの揉め事なんでしょうけど」

「…………、南条を捉えた男は白髪だったろ」

「あ、はい。白髪の人と若い人が助手的な感じでいました。あとは運転手の人がいました」

「あの白髪と南条は、昔は同じ組にいたんだがな。……今は一側触発の関係が続いている。

今回は一体どんな事情だったのかは俺もよくは知らん。

 ただ、それでも俺にはお前が助けを乞うている事が伝わった」

「…………」

 視線が熱くて、目が合ったまま逃げられない。

「俺は、お前が呼んでいるのなら、どこにでも行くんだよ」

 耐えきれずに視線を逸らした。

 するとすぐさまベッドから降りて、2秒で距離が縮まる。

 後ずさりをする暇もなかった。

 大きな手で腕をとらえられる。

 身長差はおよそ30センチ。煙草の匂いと、一仕事終えた後の男の体臭が、一気に身体を硬直させた。

「一生だ」

「え?」
 
 何の話か分からなかったが、覚悟して見上げ目を合せた。

「お前が手を伸ばしてくるのなら、一生、不自由はさせない。嫌な事は全て排除してやる」

 怖くなってすぐに顔を伏せた。

 一生……。

 後藤田はこちらの答えを待つと思いきや、意外にもすぐに自ら腕を回し、

「それができないうちは、俺から手を伸ばすだけだ」

 腰に手を回され、片手で顎をとらえられた。手が大きすぎて、簡単に顎が手の中に入ってしまう。

「……いいか?……」

 何か相手が聞こうとしている。麻見は、数秒だけ待って、覚悟をしてからそのぎらついた目を見た。

「ただ今回は身体で貸りを返してもらう。そこにお前の意思は関係ない。
 
 売られそうになった所を助けたんだ。少々ハードだが、拒む権利はない」

「えっ……」

 ハードという言葉に覚悟がもろくも崩れ去る。

「お前の覚悟が決まらないのなら、それも仕方のないことだ……」

 背中を抱く腕に力が入り、恐怖で

「待って!!」

 慌てて、両手を突っ張って距離を取った。

「い、痛いんですか、それは……」

 痛いことは嫌ですと言うつもりだったが、怖くてそれ以上は言えなくなる。

「痛いのは嫌か?」

 聞いてくれて、ほっとした。

「嫌です……」

 なのに、

「貸りを返す上で、条件を出せるような立場にはいないということを、忘れたか?」

 だって……。

「暴れなければだが」

 顎の手が頬にまわり、温かい掌に包まれる。

「望み通り、優しく抱いてやる」
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