徹底的にクールな男達
妊娠
♦
自宅トイレの前で、これほど立ち尽くしたことはない。
だって、そんなことあるはずがないのに!!
妊娠なんか、あれ程度のことで妊娠なんかするはずがないのに!!
そんな、そんな……なんで妊娠なんか……。
受け入れられないまま、陽性と反応が出た検査薬を、麻見は何度も、何度も見返していた。
それしかできなかった。
何も考えられずに、手で口元を押さえる。想像も予測も、頭は何も機能していなかったはずなのに、突然、ハッと気づいた。
そうだ、鍋パーティの後で福原ともシタことを今になって思い出した。そんなまさか、あの時はちゃんと避妊はしていたけど……。
震える手で手帳をバックから引っ張り出してページをめくり、鍋パーティが11月だったことを思い出す。
11、12、1、2、3……4カ月……。まさか、今4カ月ということはない!さすがにそんなはずはない!!
いやま、待て……落ち着け……。12月はちゃんと生理がきていたではないか。そうだ、それが全てを物語っている。
そうだ、福原はありえない。
大丈夫。
いや、何が大丈夫だ……。
選択肢が元の通り、武之内になっただけだ。
どうする……言って、どうする?
ちゃんと薬を飲んだのにも関わらず、妊娠しただなんて、お前の勝手だとか思われはしないだろうか。
思われるどころか、薬代を出した時点で責任は果たしていると言われるかもしれない。
冷たい言葉を聞くくらいなら、黙っていた方がいいのかもしれない、と一瞬思う。
だけれども、これが……黙っていられるはずがない。
もう確実に病院に行かなければならないし、行って……堕ろすに決まっている……。
丁度、長期休暇の最中のおかげで、入院もできる……。
シフトの心配をしないで済むと、ほっとしたと同時に涙が溢れた。
何でこんな時に、シフト変更で怒られる事なんかを……。
そもそも悪いのは武之内なのに、何で私がこんな目に……。
何で一体……。
喉は痛く、涙は顎を伝って廊下へぽたりと落ちた。
何で相手が武之内なんかに……。
ひとしきり泣いて、泣いて、泣いた後に、大きく深呼吸をして覚悟を決めて、通話ボタンを押した。
時刻は午前1時を過ぎようとしている。
だけれども、そんなこと、今はどうだっていい。
そう力を入れて、ボタンを押したはずなのに、相手が掠れ声で出た瞬間、
「夜分遅く、本当に申し訳ありません」
と、まだ自らが正気であることを知った。
『ああ……昨日電話したけど出なかったから。今日かけようと思ってたんだ。だけど棚卸が長引いて遅くなって……』
「妊娠しました」
どうでもいい話だったので、途中でぶったぎった。
『……僕の子?』
ああ、こんな一言を言われてまで、産みたくはない。
「じゃ一体誰の子なんですか!?」
部屋中に響くほどのカナキリ声で言ったのに、
『薬がきかなかったんだ……』
返ってきたのは、わりと冷静な一言だった。
「……みたいです……」
こちらも、落ち着かざるをえなくなる。
『何か月?とか分かるの?』
「いえ、検査薬で調べただけです」
『じゃあ明日休むよ。ちゃんと検査して、元気かどうか確かめないと』
そんなこと確かめて、一体……。
『麻見、順序が逆だけど、結婚するよ』
「えっ!?」
なッ!?
「なっ、何言ってんですか!?」
『何って、デキちゃった婚ってあるけど、順番は一応逆だから』
「いや、そんな、私、産みませんよ!?」
『…………』
いやそんな、静かになられても……。
「そんなだって。絶対うまくいきませんって。そんな、うまくいくと思わないでしょ!? だって私たち、全然合ってないじゃないですか。まともに会話だってかみ合わない。そんなんで結婚なんて、無理です!」
『いやまあ、それはあんまり話をしてないからかみ合わないだけで……』
「え、待って下さい。だって、結婚して、子供産んで、3人で住むんですか!? 一緒に」
『普通そうでしょ』
声で怒っていることが分かるが、
「え、だって……。全然想像つきませんよ。いっつも冷たい武之内店長が、そんな……私のこと、嫌いでしょ?」
『いい加減その話はいいから。俺は孕ませといて、堕ろさせるなんて事するつもりはない』
いやいやもうそれなら最初から避妊してよ……。
「……考えましょうよ。冷静に。これは、すごく大事なことですよ!?」
『……じゃあ、1つ聞くけど』
「はい」
このタイミングで何を聞いてくるのか、全く予想できない。
『麻見は、俺のことを嫌いなわけ? いつも俺が嫌いみたいに言うけど』
それは……確かに嫌いだとは思う。だけど、嫌いというよりは、怖いという方が先にたっている気がする。
相手は頭が良いし、いつも見下されている気がするし、相手にされていない気がするし……。
麻見は一通り考えてから、正直に内心を打ち明けた。
「……別に嫌いじゃないですけど。怖いです。今日も電話かけて、そんなのそっちの勝手だろとか言われるだろうと予測してました」
『そんなこと言うはずないだろ……人を馬鹿にするのもいいかげんにしろ』
そういう言葉も、心が痛い。
『結婚すると決めたからには、きちんと責任はとるから。もちろん、全力で幸せにする』
「えっ、ちょっと、待って!! 突然そんな、あのだって。だって……冷静に考えれば、武之内店長が好きな人と結婚した方がよくないですか?」
『……何が言いたい?』
何がっていうか……。
「私が妊娠したのはたまたまですから……そのたまたまにそこまで責任もってらわなくても、いい気がします」
『そんな軽い事じゃないだろ。一度は薬で無くすつもりだったが、それでもちゃんと生きたんだ。俺はそんな俺とお前の子供に、運命を感じたんだよ。麻見だったんだと』
「…………」
そんな、まさか……。
そんな、まかか……。
私と、お腹の子が武之内の運命の人だったなんて、そんな、まさか……。
そんなわけないと思うんですけど。
『……今から行くよ。明日休みだし』
「ひえっ!?」
『麻見を納得させないといけない』
「…………、納得……」
『一旦切るよ? 30分くらいで着く。着いたらすぐに連絡する』
自宅トイレの前で、これほど立ち尽くしたことはない。
だって、そんなことあるはずがないのに!!
妊娠なんか、あれ程度のことで妊娠なんかするはずがないのに!!
そんな、そんな……なんで妊娠なんか……。
受け入れられないまま、陽性と反応が出た検査薬を、麻見は何度も、何度も見返していた。
それしかできなかった。
何も考えられずに、手で口元を押さえる。想像も予測も、頭は何も機能していなかったはずなのに、突然、ハッと気づいた。
そうだ、鍋パーティの後で福原ともシタことを今になって思い出した。そんなまさか、あの時はちゃんと避妊はしていたけど……。
震える手で手帳をバックから引っ張り出してページをめくり、鍋パーティが11月だったことを思い出す。
11、12、1、2、3……4カ月……。まさか、今4カ月ということはない!さすがにそんなはずはない!!
いやま、待て……落ち着け……。12月はちゃんと生理がきていたではないか。そうだ、それが全てを物語っている。
そうだ、福原はありえない。
大丈夫。
いや、何が大丈夫だ……。
選択肢が元の通り、武之内になっただけだ。
どうする……言って、どうする?
ちゃんと薬を飲んだのにも関わらず、妊娠しただなんて、お前の勝手だとか思われはしないだろうか。
思われるどころか、薬代を出した時点で責任は果たしていると言われるかもしれない。
冷たい言葉を聞くくらいなら、黙っていた方がいいのかもしれない、と一瞬思う。
だけれども、これが……黙っていられるはずがない。
もう確実に病院に行かなければならないし、行って……堕ろすに決まっている……。
丁度、長期休暇の最中のおかげで、入院もできる……。
シフトの心配をしないで済むと、ほっとしたと同時に涙が溢れた。
何でこんな時に、シフト変更で怒られる事なんかを……。
そもそも悪いのは武之内なのに、何で私がこんな目に……。
何で一体……。
喉は痛く、涙は顎を伝って廊下へぽたりと落ちた。
何で相手が武之内なんかに……。
ひとしきり泣いて、泣いて、泣いた後に、大きく深呼吸をして覚悟を決めて、通話ボタンを押した。
時刻は午前1時を過ぎようとしている。
だけれども、そんなこと、今はどうだっていい。
そう力を入れて、ボタンを押したはずなのに、相手が掠れ声で出た瞬間、
「夜分遅く、本当に申し訳ありません」
と、まだ自らが正気であることを知った。
『ああ……昨日電話したけど出なかったから。今日かけようと思ってたんだ。だけど棚卸が長引いて遅くなって……』
「妊娠しました」
どうでもいい話だったので、途中でぶったぎった。
『……僕の子?』
ああ、こんな一言を言われてまで、産みたくはない。
「じゃ一体誰の子なんですか!?」
部屋中に響くほどのカナキリ声で言ったのに、
『薬がきかなかったんだ……』
返ってきたのは、わりと冷静な一言だった。
「……みたいです……」
こちらも、落ち着かざるをえなくなる。
『何か月?とか分かるの?』
「いえ、検査薬で調べただけです」
『じゃあ明日休むよ。ちゃんと検査して、元気かどうか確かめないと』
そんなこと確かめて、一体……。
『麻見、順序が逆だけど、結婚するよ』
「えっ!?」
なッ!?
「なっ、何言ってんですか!?」
『何って、デキちゃった婚ってあるけど、順番は一応逆だから』
「いや、そんな、私、産みませんよ!?」
『…………』
いやそんな、静かになられても……。
「そんなだって。絶対うまくいきませんって。そんな、うまくいくと思わないでしょ!? だって私たち、全然合ってないじゃないですか。まともに会話だってかみ合わない。そんなんで結婚なんて、無理です!」
『いやまあ、それはあんまり話をしてないからかみ合わないだけで……』
「え、待って下さい。だって、結婚して、子供産んで、3人で住むんですか!? 一緒に」
『普通そうでしょ』
声で怒っていることが分かるが、
「え、だって……。全然想像つきませんよ。いっつも冷たい武之内店長が、そんな……私のこと、嫌いでしょ?」
『いい加減その話はいいから。俺は孕ませといて、堕ろさせるなんて事するつもりはない』
いやいやもうそれなら最初から避妊してよ……。
「……考えましょうよ。冷静に。これは、すごく大事なことですよ!?」
『……じゃあ、1つ聞くけど』
「はい」
このタイミングで何を聞いてくるのか、全く予想できない。
『麻見は、俺のことを嫌いなわけ? いつも俺が嫌いみたいに言うけど』
それは……確かに嫌いだとは思う。だけど、嫌いというよりは、怖いという方が先にたっている気がする。
相手は頭が良いし、いつも見下されている気がするし、相手にされていない気がするし……。
麻見は一通り考えてから、正直に内心を打ち明けた。
「……別に嫌いじゃないですけど。怖いです。今日も電話かけて、そんなのそっちの勝手だろとか言われるだろうと予測してました」
『そんなこと言うはずないだろ……人を馬鹿にするのもいいかげんにしろ』
そういう言葉も、心が痛い。
『結婚すると決めたからには、きちんと責任はとるから。もちろん、全力で幸せにする』
「えっ、ちょっと、待って!! 突然そんな、あのだって。だって……冷静に考えれば、武之内店長が好きな人と結婚した方がよくないですか?」
『……何が言いたい?』
何がっていうか……。
「私が妊娠したのはたまたまですから……そのたまたまにそこまで責任もってらわなくても、いい気がします」
『そんな軽い事じゃないだろ。一度は薬で無くすつもりだったが、それでもちゃんと生きたんだ。俺はそんな俺とお前の子供に、運命を感じたんだよ。麻見だったんだと』
「…………」
そんな、まさか……。
そんな、まかか……。
私と、お腹の子が武之内の運命の人だったなんて、そんな、まさか……。
そんなわけないと思うんですけど。
『……今から行くよ。明日休みだし』
「ひえっ!?」
『麻見を納得させないといけない』
「…………、納得……」
『一旦切るよ? 30分くらいで着く。着いたらすぐに連絡する』