徹底的にクールな男達

妊娠


 自宅トイレの前で、これほど立ち尽くしたことはない。

 だって、そんなことあるはずがないのに!!

 妊娠なんか、あれ程度のことで妊娠なんかするはずがないのに!!

 そんな、そんな……なんで妊娠なんか……。

 受け入れられないまま、陽性と反応が出た検査薬を、麻見は何度も、何度も見返していた。

 それしかできなかった。

 何も考えられずに、手で口元を押さえる。想像も予測も、頭は何も機能していなかったはずなのに、突然、ハッと気づいた。

 そうだ、鍋パーティの後で福原ともシタことを今になって思い出した。そんなまさか、あの時はちゃんと避妊はしていたけど……。

 震える手で手帳をバックから引っ張り出してページをめくり、鍋パーティが11月だったことを思い出す。

 11、12、1、2、3……4カ月……。まさか、今4カ月ということはない!さすがにそんなはずはない!!

 いやま、待て……落ち着け……。12月はちゃんと生理がきていたではないか。そうだ、それが全てを物語っている。

 そうだ、福原はありえない。

 大丈夫。

 いや、何が大丈夫だ……。

 選択肢が元の通り、武之内になっただけだ。

 どうする……言って、どうする?

 ちゃんと薬を飲んだのにも関わらず、妊娠しただなんて、お前の勝手だとか思われはしないだろうか。

 思われるどころか、薬代を出した時点で責任は果たしていると言われるかもしれない。

 冷たい言葉を聞くくらいなら、黙っていた方がいいのかもしれない、と一瞬思う。

 だけれども、これが……黙っていられるはずがない。

 もう確実に病院に行かなければならないし、行って……堕ろすに決まっている……。

 丁度、長期休暇の最中のおかげで、入院もできる……。

 シフトの心配をしないで済むと、ほっとしたと同時に涙が溢れた。

 何でこんな時に、シフト変更で怒られる事なんかを……。

 そもそも悪いのは武之内なのに、何で私がこんな目に……。

 何で一体……。

 喉は痛く、涙は顎を伝って廊下へぽたりと落ちた。

 何で相手が武之内なんかに……。
 



 ひとしきり泣いて、泣いて、泣いた後に、大きく深呼吸をして覚悟を決めて、通話ボタンを押した。

 時刻は午前1時を過ぎようとしている。

 だけれども、そんなこと、今はどうだっていい。

 そう力を入れて、ボタンを押したはずなのに、相手が掠れ声で出た瞬間、

「夜分遅く、本当に申し訳ありません」

と、まだ自らが正気であることを知った。

『ああ……昨日電話したけど出なかったから。今日かけようと思ってたんだ。だけど棚卸が長引いて遅くなって……』

「妊娠しました」

 どうでもいい話だったので、途中でぶったぎった。

『……僕の子?』

 ああ、こんな一言を言われてまで、産みたくはない。

「じゃ一体誰の子なんですか!?」

 部屋中に響くほどのカナキリ声で言ったのに、

『薬がきかなかったんだ……』

 返ってきたのは、わりと冷静な一言だった。

「……みたいです……」

 こちらも、落ち着かざるをえなくなる。

『何か月?とか分かるの?』

「いえ、検査薬で調べただけです」

『じゃあ明日休むよ。ちゃんと検査して、元気かどうか確かめないと』

 そんなこと確かめて、一体……。

『麻見、順序が逆だけど、結婚するよ』

「えっ!?」

 なッ!?

「なっ、何言ってんですか!?」

『何って、デキちゃった婚ってあるけど、順番は一応逆だから』

「いや、そんな、私、産みませんよ!?」

『…………』

 いやそんな、静かになられても……。

「そんなだって。絶対うまくいきませんって。そんな、うまくいくと思わないでしょ!? だって私たち、全然合ってないじゃないですか。まともに会話だってかみ合わない。そんなんで結婚なんて、無理です!」

『いやまあ、それはあんまり話をしてないからかみ合わないだけで……』

「え、待って下さい。だって、結婚して、子供産んで、3人で住むんですか!? 一緒に」

『普通そうでしょ』

 声で怒っていることが分かるが、

「え、だって……。全然想像つきませんよ。いっつも冷たい武之内店長が、そんな……私のこと、嫌いでしょ?」

『いい加減その話はいいから。俺は孕ませといて、堕ろさせるなんて事するつもりはない』

 いやいやもうそれなら最初から避妊してよ……。

「……考えましょうよ。冷静に。これは、すごく大事なことですよ!?」

『……じゃあ、1つ聞くけど』

「はい」

 このタイミングで何を聞いてくるのか、全く予想できない。

『麻見は、俺のことを嫌いなわけ? いつも俺が嫌いみたいに言うけど』

 それは……確かに嫌いだとは思う。だけど、嫌いというよりは、怖いという方が先にたっている気がする。

 相手は頭が良いし、いつも見下されている気がするし、相手にされていない気がするし……。

 麻見は一通り考えてから、正直に内心を打ち明けた。

「……別に嫌いじゃないですけど。怖いです。今日も電話かけて、そんなのそっちの勝手だろとか言われるだろうと予測してました」

『そんなこと言うはずないだろ……人を馬鹿にするのもいいかげんにしろ』

 そういう言葉も、心が痛い。

『結婚すると決めたからには、きちんと責任はとるから。もちろん、全力で幸せにする』

「えっ、ちょっと、待って!! 突然そんな、あのだって。だって……冷静に考えれば、武之内店長が好きな人と結婚した方がよくないですか?」

『……何が言いたい?』

 何がっていうか……。

「私が妊娠したのはたまたまですから……そのたまたまにそこまで責任もってらわなくても、いい気がします」

『そんな軽い事じゃないだろ。一度は薬で無くすつもりだったが、それでもちゃんと生きたんだ。俺はそんな俺とお前の子供に、運命を感じたんだよ。麻見だったんだと』

「…………」

 そんな、まさか……。

 そんな、まかか……。

 私と、お腹の子が武之内の運命の人だったなんて、そんな、まさか……。

 そんなわけないと思うんですけど。

『……今から行くよ。明日休みだし』

「ひえっ!?」

『麻見を納得させないといけない』

「…………、納得……」

『一旦切るよ? 30分くらいで着く。着いたらすぐに連絡する』

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